恋は愛よりも激しくて

美しさとは罪なものだな。
時に人を惑わせ、時に人を陥れる。
……あ、いや、別にお前が悪いわけではないのだぞ?
ただ……その……
ホラ、あれだ。

+恋は愛よりも激しくて+

しばし時はさかのぼる。
悪夢の国試の少し後の話だ。
奇跡的に国試に受かった面々は、それぞれの部署で文官として仕事を全うしていた。
だが。
「お前は、もう、く、来るな!」
戸部入り口。
閉められた扉の向こうで、明らかに自分を拒む声が聞こえる。
「……はい」
そう答えると、扉の向こうで何かが倒れる音がした。
きっと、自分の対応に当たってしまった男だろう。可哀想に。
男の名は鳳珠。その美貌故に他人に阻害される、ある意味超人だ。
その美貌は顔だけにとどまらず、声でさえ、免疫のないものを卒倒させるほどの美声だ。
国試が悪夢だと言われた理由がここにある。
「…………」
鳳珠はとぼとぼと歩き出した。


「大体、私はこんな姿で生まれたかったとは思っていない!」
だんっ、と鳳珠は湯飲みを机においた。
「しかし、生まれてしまったものは仕方ないだろうが」
その湯飲みに茶をとぽとぽと注ぎながら、なぜ自分がこんな役目をしているのだろうと、黎深はつくづく思った。
黎深は、鳳珠と共に国試に及第した、数少ない男であり、同時に鳳珠の友でもある。
つまり、鳳珠の姿を見ても平気なわけである。
(愚痴のはけ口なら、悠舜に頼め……)
こみ上げてくる怒りをおさえながら、黎深は思う。
悠舜ならば、きっとにこにこしながら助言のひとつもいえるだろうに。
「聞いているのか、黎深! 私は本気で悩んでいるのだぞ!」
「分かった、分かったから、そのやけ酒のように茶を飲むのは止めろ」
鳳珠は、黎深のところに突然上がり込み、そのまま愚痴を言い続けながら茶を何杯もなんばいも飲み続けているのだ。
「……茶でも飲まなければやっていられぬわ!」
そして、茶をあおりながら、ぶつぶつと念仏のように恨み辛みを言い続ける。
鳳珠はずっとその調子で、次第に、黎深は茶のおかわりを注ぐことしかすることが無くなっていた。
なので、黎深は差し向かいで座っている鳳珠を観察することにした。
いつもはそれほど意識していないのだが、こうしてゆっくりと見つめてみると、確かに少々整いすぎている顔立ちをしている。
「美しい」では、到底形容できない、とさえ黎深は思った。
その顔が、今は怒りのせいで少し紅潮気味だ。
(この顔で、反応しない奴がいるのか……ッ)
ほんの一瞬だけ、その顔を自分のものにしたくなった。
一度考えてしまったことが、そう簡単に頭の中から消えるはずもなく。
年若い黎深は、頭の中に生まれてしまった感情をどうすることもできず、その発端である鳳珠の顔を見ないように俯くことしかできなかった。
「……っ、私は……ッ」
そうして考え事をしているうちに、黎深は鳳珠の様子が変わったことに、遅ればせながら気付いた。
ちら、と見上げれば、空になった湯飲み(考え事のせいで茶を注ぐのを忘れていた)を両手で包み、目に涙を溜めている鳳珠の顔が。
「………鳳珠?」
どうやら、思っていたよりも、鳳珠の受けた痛みは大きかったらしい。
その証拠に、今にも、したたりそうな涙が。

落ちる……

それは、瞬間だった。
一粒、こぼれ落ちそうだった涙を、黎深は自らの指で受け止めた。
そうして、両目の涙を指で拭き、そのまま居座りを直す。
驚きのせいで、次なる涙は浮かび上がらない。
そして、そんな行動を取った本人も、なぜか分からないかのように、瞬きする。
この室が、初めて無言に包まれる。音を感じる能力が無くなってしまったのかと思える、瞬間なのに、酷く長く感じられる時間。
こぽこぽと、釜に沸く湯の音が彼らの耳に届く頃、ぽつり、と鳳珠がつぶやいた。
「……ありがとう」
そんな事を言われるとは思わなかった黎深は、ひどくうろたえた。
でも、鳳珠が自分を頼ってここまで来て、そして感謝しているという事実がある。
うろたえながらも、黎深は黎深なりに考えて、今の気持ちを表現しようとして……
そして、なぜか先程感じた感情を思い出してしまった。忘れかけていたのに。
黎深は、立ち上がると、鳳珠の後ろにまわり、鳳珠を後ろから抱きしめた。
「お前は、そう“美しい”……だが、それはお前が美しい姿をしているからではない」
頬に当たる、鳳珠の熱が、いつもよりも高く感じられる。
「……お前だから、“鳳珠”だから美しいんだ」
言ってから、行動に移してしまってから、ひどく羞恥を覚えた。
そして、それはもう遅かった。
「黎深……」
すぐそばにある口から、ぽつりと自分の名が聞こえる。そう、あまりにも美しすぎるあの声で。
「なっ、何だ?」
思わず、腕を離した黎深に、鳳珠は振り返って言った。
「それは……誘っていると考えていいのか?」
………何?
突然、何を言い出すんだこいつは。
「ち、違うぞ!いつ私がそんなそぶりを……!?」
すると、鳳珠は形のいい口唇を歪めて、にやりと笑った。
「ずっと、私を見ていただろう。それも、熱っぽい目で」
ぐっ、と黎深は半歩後ずさった。
少しだけ、図星だった。
確かに、あの鳳珠の顔を見て、“欲しい”とは思ったが、その気持ちを口に出してはいないし、ましてや視線に乗せたことも無い。
「あ、あ……」
しかし、黎深はなぜか言い返せなかった。
そうするにはあまりにも……笑った鳳珠が美しすぎた。
そして、気付いたら口唇を奪われていた。
「ん…、ッん…」
逃げたくても、身体が言うことを聞かなかった。
鳳珠の口づけに、腰が砕けていくのが分かった。
でも、それを嫌がっていない自分がいる。
いろいろなコトが頭を巡って、そして、最後に残ったのは、やはり鳳珠が“欲しい”という感情だけで。
「黎深……、私を慰めてくれるか?」
黎深は、少し頬を染めて、そして、無言で頷いた。


+++


「あっ……、待て、ッ…、ぁ、や、……ん……ッ」
もう待てないのか、鳳珠は寝台にもつれ込むなり服をはだけさせ、首筋や胸に口づけを落とす。
いきなりの愛撫に驚いてか、黎深はじたばたと暴れた。鳳珠はそんな黎深の身体を押さえつけ、感じやすい部分を探ってはそこを執拗に攻め立てる。
気付けば、身体の拘束はすでになく、黎深は敷布をきつく握りしめて緩慢な攻めに喘いでいた。
「鳳、…珠……ッ、そこは…、あっ、……嫌だ、っあぁ」
鳳珠は黎深を舌で愛おしみながら、秘部に指を這わせながら、高みへと追いつめていく。
「黎深……」
ふと、愛撫の手が止み、訝しんだ黎深が目を開けると、鳳珠は何でもない風でいて、心なしか辛そうな顔をしていた。
慰める、と言ったのは自分なのに、満足しているのが自分だけで良いのか。
弾んだ息を整えながら、黎深は上半身を起こした。
そうして、小さく鳳珠の口唇に口づける。
「……慰めて、やる」
黎深は鳳珠の衣服を丁寧に取り去ると、露わになった屹立に口唇を寄せる。
「黎深」
舌を絡ませると、諫めるような声が聞こえてきた。
しかし、黎深は動きを止めるようなことはしない。
自分で“慰める”と言った以上、守らなくてはならないからだ。
「……ん……、…っ、んん……」
黎深の口に収まりきらないくらいの大きなものを、黎深は懸命に育てていく。
最初は、羞恥のためかたどたどしかった愛撫も、次第に要領を掴んでくると大胆なこともするようになった。
「黎……っ、お前…」
鳳珠を喉の奥まで迎え入れ、歯で甘噛みする。ちりっ、とする痛みが走るそこを、今度は舌で優しくなでてやる。口に入らない根元付近は、手で刺激を与え続けている。
黎深らしく、完璧なまでの愛撫は、確実に鳳珠を限界へ追いやっていた。
「黎深……、放せ、もういい……」
「んっ…、…嫌だ。お前を……慰める」
私が慰めるのだとうわごとのように呟きながら、黎深は腰を上げ、鳳珠の屹立を自らの深みの入り口へとあてがった。
「黎深…!?」
先程鳳珠がほころばせた蕾は、やすやすと開き、鳳珠を迎え入れた。
「ああ……」
恍惚の溜息を漏らす。
鳳珠は吃驚した。人一倍、いや、三倍くらい矜持の高い黎深が、なぜ。
しかし、深く考える間もなく、鳳珠の口唇は黎深によって塞がれてしまう。
舌を吸いだし、口蓋を舐め、息つく暇もない情熱的な口付け。
そして、ひりひりするくらいに口唇を奪い合った後。
黎深の顔を間近で見た鳳珠は悟った。
(理性の、“り”の字もない……)
深い欲望のせいで、黎深の瞳は澱んでいる。
「私を、求めるか」
黎深は、もう鳳珠しか見ていない。いや、鳳珠から与えられる快感にしか目が行っていない。
……慰めるのはどちらだ。
こくり、と黎深は頷いた。
「……手のかかる姫君だ」
普段の黎深ならば、ここで嫌味のひとつでも返ってきそうなものだが、あいにくと現在はそんな余裕は欠片も残されていなかった。
鳳珠は黎深との身体の位置関係を逆転させる。
くるり、と黎深は寝台に押しつけられる形になった。
「……私を、欲するか……」
溜息のような、微かな言葉。
理由はどうあれ、自分を求めていることが、何より嬉しい。
いつまで経っても与えられないもどかしさに、黎深は涙に濡れた瞳を鳳珠に合わせた。
その視線の先の鳳珠は……やはり、この世のどの言葉でも言い表せないくらいに美しい。
ふと、その形の良い口唇が笑みを形作ったのに気付く。
「悪いが、“終わり”は無いものと思え」
ぎしり、と寝台がきしむ。
衣擦れの音と、熱い吐息が降り混ざる。

二人の終わらない夜が幕を開けた………

後書き

はい。ヤっちゃいました(オイ
いやぁ、黎深をここまで壊すと楽しいね♪(死
これで、とりあえず鳳珠×黎深は終わりになる気がするな。次は、だって燕青×静蘭(静蘭×劉輝)があるし。
ですが、テストっていうか受験生なので。更新はきっと1年後じゃないですかね?(汗
あぁ。無情。  @空見

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