おかえり。

「うわっ!」
敵モンスターからの攻撃を防ぎきれず、大きく吹き飛ばされてしまう。
背中を地面に打ち付けてしまい、肺から酸素が全て無くなったかのような錯覚に陥る。
呼吸ができなくて、少しむせこむと、体の回りに大きな譜陣が刻まれた。
途端に、光に包まれ、身体の痛みがすっと消えていく。
「サンキュ、ティア」
勢いをつけて立ち上がって、ティアにお礼を言った。
でも、ティアは振り向きもせずにまた詠唱に入った。やっぱり、俺は感謝の言葉が似合わないんだろうか。
なんて、少し考え事をしていたら、突然俺は大きなモノの影に入っていた。
驚いて振りかえると、そこにあったのは光るモンスターの牙だった。
「なっ!?」
防御が、間に合わない!
「戦闘中にはよそ見をしない!」
少し覚悟をして目をつぶったら、轟音と共に何かが大量に落ちてきた。
身体に当たる冷たいそれに、俺はジェイドが水属性の譜術を発動したのだということを悟る。
「悪ぃ!」
俺は目を開けて、水流の中でもがいているモンスターに向かって剣を突き刺した。
手に、十分な手応えが伝わる。そして、叫び声が上がって、モンスターの姿がかき消えた。
少し向こうの方で、ガイとアニスがもう一匹を倒しているのを見つけた。
「よしっ、終わり!」
剣を鞘に収めながら言うと、仲間から次々に耳を塞ぎたくなるような事を言われた。
「ルーク、隙が多いわ。あなたは前衛で敵の侵攻を食い止めなければならないの。私たちに攻撃が届いてしまうようではダメなのよ。いいわね」
「前衛を援護するのが私たちの役目ですが……。あれでは、援護と言うより救出に近いですからねぇ」
うっ。
確かに事実だから、余計に心に突き刺さるんだよな……。
「悪かったよ。次から気をつける」
少し落ち込むと、後ろからガイが肩に手を置いた。
「ほら、別に弱いって言われたワケじゃないんだからさ」
「だけどさ、そう言われてるようなもんじゃんか。……あー、チームプレイって難しい」
ははは、とガイは苦笑して、もう一度肩を叩いた。
それが何か優しくて、ちょっとだけほっとする。
「まぁ、気をつけてくれれば、いいんですよ。さあ、さっさとザオ遺跡へ向かいましょう。崩壊は、待ってくれませんからね」
そうだ。俺たちはパッセージリングの調整のためにここにいるんだったな。
こんなザコに構っているヒマなんか、なかったはずなのに。
「ああ、そうだな。ごめん」
短く謝って、俺は再び歩き出した。
こうしているあいだにも、崩壊は進んでいるんだ。
早く、しないと。
「………っ!?」
騒がしい耳鳴りと、激しい頭痛がする。
「ルーク!?どうしたのです」
突然苦しみだした俺を心配したのか、ナタリアが覗きこんできた。
「大丈……夫、きっと、アッシュが……」
そう、これはアッシュが俺に回線を繋いだときの痛みだ。
すぐに収まるし、最近は痛みも小さくなってきた。
『聞いているか、レプリカ』
「……ああ、聞いてるよ」
こんなに痛いんだ。聞いていないわけないだろうが。
『今すぐ、オアシスに来い。聞きたいことがある』
「何で?」
『………何でも良いだろう!さっさと来い!!』
怒鳴り声が聞こえて、同時に回線が切れたのか痛みが無くなる。
それにしても、久しぶりだな回線が繋がるの。
「それで?アッシュはなんと?」
ナタリアが身を乗り出して聞いてくる。
……アッシュの事、気になるんだろうな。
「何か、俺に話したいことがあるからオアシスに来いってさ」
それだけしか言わなかった、とナタリアを見ると、なんだか少しだけ嬉しそうな様子で、それではオアシスへ向かいましょう、と提案した。
あんまりみんな乗り気じゃなかったけど、俺が行きたいって言ったらみんな頷いてくれた。
そうして、ザオ遺跡に向かっていた足を止めて、俺たちはオアシスへ向かった。


+++

思った通り、レプリカはずいぶんと遅れて来た。
いや、もしかしたら俺が早いだけなのかも知れないが。
「アッシュ!」
ナタリアが俺を見つけて手を振る。
ちょっとだけ、振り返そうと手を挙げかけて、レプリカが見ていることを思い出してその手を身体の前で組んだ。
……危ない。
「一体、どこにいらしたのです?心配しましたのよ」
「そうだぜ。たまには顔出しに来いよ。ナタリアがうるさいから」
「まあ、ルーク!何を言いますの!?」
レプリカも、ナタリアも変わってない。そう思ったら、余計に心配になって、俺は思わず口を開いていた。
「レプリカ、身体に異常はないか」
「は?」
案の定、レプリカはきょとんとした顔で俺を見た。
当然か。俺がお前の心配なんか、するわけないとでも思っているんだろう。
「だから、最近身体に変調はないかと聞いている!」
それが、なんだか恥ずかしくなってきて、俺は怒ったように言葉を紡いだ。
こうしないと、俺が零れていきそうだった。
「いや、別に変なトコはねーけど……。いきなり何だよ、アッシュ。聞きたい事って、それか?」
改めてそう問われると、確かにその通りなのだが、とてつもなく気恥ずかしくなって、俺は誤魔化すように、レプリカに背を向けて歩き出した。
「アッシュ!どこへ行くのです!?」
後ろからナタリアの引き留める声が聞こえたが、きっと俺の顔は赤くなっているだろうから、振り返るわけには行かない。
だけど、何も言わないでここを去るのは、少しナタリアに……レプリカに悪い気がして、そう思ったら足が自然と止まっていた。
「……ヴァンの動向を調べに行く。何か分かったら、また連絡する」
そう言い残して、俺は今度こそオアシスを出た。


なんだか、すごくムシャクシャした。
なぜ、俺がレプリカの心配なぞしなくてはならなくて、しかも、それが恥ずかしくなって逃げ帰るハメになったのか。
そして、ヴァンの動向を調べると自分で言ったくせに、なぜいまだケセドニア周辺から一歩も出ていないのか。
まだ開発段階のフォミクリーで製造されたレプリカが、もし何らかの変調を来しているのならば、それはレプリカルークの限界を指しているはずだと、それを悟ったとき、レプリカに確認したくて、いてもたってもいられなくなった自分がいた。
確かにその時は、レプリカが心配で仕方がなかった。否定はしない。
何故だ?
だが、考えれば考えるほど、謎は深まっていくばかりだ。
俺は、イライラした気持ちを、周辺のモンスターにぶつけた。
術技を一切使わずに、身体と剣だけで敵にぶつかっていくのは。とても気持ちが良かったからだ。
「“鮮血のアッシュ”か……。確かに、そうかもな」
六神将になったときに与えられた二つ名。
きっと、このモンスターの血に濡れた俺のことを指すのだろう。
少し疲れて、俺は剣を砂に突き刺して、背もたれ代わりに座り込んだ。重い荷物袋も、外して隣へおいておく。
一回、頭を冷やした方がいいのかも知れない。そう思って、瞳を閉じる。
………どれだけ時間が過ぎただろうか。
さりっ
突然、背後で静かに、しかしはっきりと砂の上を歩く音が聞こえた。
この歩き方は、モンスターではない。
ケセドニア目指してやってくる行商人を狙って徘徊する、盗賊に違いない。
確か、三人一組で行動するのが主流ではなかっただろうか?
しかし、今聞こえる足音はひとつ。
一人で十分というわけか。俺も見くびられたものだな。
俺は身動きせずに、相手の出をうかがった。
俺のすぐ後ろで足音がとまり、続いて金属音がした。俺の上に、武器を構えたのだろう。
……今だ!
俺は、右手を軸に、落ちてきた武器を避けるようにして、後ろへ回し蹴りを放った。
見事に相手の足に命中し、不意をつかれた男はそのまま横転する。
「……他愛ない」
俺は剣を地面から抜き取り、男へ突きつけた。
「お前ごときで俺が倒せるか。出直してこい」
俺が睨み付けると、しかし男は臆せずににやりと笑ってみせた。
「さぁて、どうだかね。ホラ、すっぱりとやっちゃってくれよ。首は、ここさ」
とんとん、と自分の首を手刀で叩いてみせる。
先程のイライラと相まって、俺の怒りは最骨頂に達した。
男の顔を蹴り飛ばす。もんどり打って、数メートル向こうまで転がっていった。
追いかけて、その胸ぐらを掴む。
「貴様……俺を本気で怒らせたな……!」
「へっ、騙された方が悪いんだよ」
……騙された、だと?
「何?……っ!」
思い当たり、俺は後ろを振り返った。
案の定、俺の荷物袋は跡形もなく無くなっていた。
「くそったれ!!」
俺は男を殴ろうと拳を振り上げて、
「ぐっ!」
何者かの譜術によって吹き飛ばされてしまった。
すぐに受け身をとって立ち上がり、男を追いかける。
殴り倒してやらなければ、気が済まなかった。
しかし、追いかける俺の前方、男の少し後方に、紫色の煙が立ちこめた。
毒ガスか!
俺は口を塞いでしゃがみ込む。
コレを大量に吸ったら、ただでは済まないだろう。
「……くそっ」
敵の目的は、最初から俺の荷物袋だったというわけだ。
そして、奴等はやはり全員で三人。
一人が俺におとりで攻撃を仕掛け、俺の意識を荷物袋から遠ざける。
その隙に、二人目が俺の荷物袋を奪い、逃走する。
そして、三人目が譜術で俺の攻撃から一人目を救い、一緒に逃げ出す。
駄目押しで、毒ガスまで散布していくとは、用意周到なことだ。
俺の、完全な敗北だな。

毒ガスを吸ったせいか、意識が混濁してくる。
世界がぼんやりと霞んで見えた。

………くそったれ。


+++

俺は、夜道を歩いていた。
「……疲れたぁ」
それが、俺の気持ちの全て。
だって、全力でザオ遺跡まで駆けて、それで、ヘトヘトの身体にむち打って、超振動起こして、そのままケセドニアに帰ってきたんだぜ?
なのに。
俺は、何で宿屋を抜け出してケセドニアを歩いているんだろう。
「……悪いコトしちゃったかな」
でも、いいよな。ちょっと活躍した後だし。
そう言って、少し空を見上げる。
厚い雲に覆われているのか、月も、星もちっとも見えやしない。
おまけに、昼間の賑わいはどこへやら、夜中の市場は怖いくらいに人がいない。
「ホントに、なんでこんなトコ来ちゃったんだろう」
気付けば、俺たちはマルクト側の宿屋に泊まっていたのに、俺はディンの店辺りにまで来ていた。
寒いし暗いし、おまけに怖い。
理由の複数ある震えを感じながら、俺はきびすを返した。
早く帰って寝よう。

「………カ……」

微かに、声が聞こえた気がした。
怪訝に思って、俺は少し後ろを振り返る。
おばけだったらどうしよう、と思ったが、視線の先にあったのは闇の中に輝く紅い髪だけだった。
「なーんだ、“俺”の髪の毛じゃん」
そう思って、手を後ろに組んで歩き出す。
大体、なんで俺がおばけなんかに、しかも“俺”なんかにビクビクしなきゃ……

“俺”?

「アッシュ!?」
俺はがばりと振り向いて、闇の中、目を凝らした。
確かに、あの紅はアッシュの髪の毛だった。
ほどなくして、宿屋の脇辺りにうずくまるアッシュを見つけた。
思わず全力で駈け寄って、それで俺もかがみ込んだ。
「アッシュ?」
声をかけると、ゆっくりとした動作で、アッシュが俺を見据える。
「レプ……、リカ……」
でも、アッシュはそう言った瞬間かくりと気を失ってしまった。
「おい、どうしたんだよ、アッシュ! アッシュ!」
どんなに揺すぶっても起きない。
夜だから表情がどんなだとか、そんなものはよく見えなくて、代わりにアッシュの荒い息づかいが俺の耳に届く。
どうしよう、怪我とかしてるのかな。
焦った俺は、すぐそばにある宿屋へ反射的に飛び込んだ。
「患者がいるんだ!部屋をひとつ貸してくれ!」
フロントに詰め寄って状況を説明すると、渋々ながらに了承してくれ、ついでにアッシュを運ぶのを手伝って貰った。
ベルボーイに礼を言って、アッシュをベッドに寝かせる。
光の中でアッシュの顔をよく見ると、青白い顔で今にも死にそうだった。
少し探ってみて、身体のどこにも怪我らしい怪我はなかった。
でも、体中が血まみれだ。このべとつく感じはきっとモンスターの血だろうな。
「………ぅ……っ」
時折うなされながら、アッシュはきつく目を閉じている。
何とかしてあげたくて、俺は自らの懐を探った。
出てきたのは、出がけに部屋からパクって来たカクテルのボトル(宿屋の主人がカーティス大佐にと持ってきたもの。ジェイドが半分くらい飲んであるけど)だけ。ガルドも、グミも出てこなかった。
でも、背に腹は代えられないから、俺はアッシュにカクテルを飲ませた。
確か、ティアが持っていた本の中に、カクテルボトルっていう状態異常を抑制するボトルがあったような気がしたからだ。
小さく喉が動いて、アッシュがカクテルを飲み込む。
次に、手頃な布きれを見つけて濡らすと、アッシュの額に乗せる。
祈るような気持ちでアッシュの手を握ると、少しだけ、気のせいかアッシュの呼吸が整ってきた気がした。
効いてるのか?
だったら、目を開けてくれ。

………どれだけそうしていただろうか。
急に、握っていたアッシュの手が握り返してきた。
眠りに落ちかけていた俺の意識が一気に覚醒する。
「アッシュ!?」
俺の視線の先で、アッシュの睫毛が微かに動く。
「………ここ、は」
「アッシュ!」
視点のあっていないアッシュの瞳が、俺の顔にぴたりと合わさるなり、アッシュはぎょっとした顔になる。そして、俺から離れるように起きあがった。
「レッ、レプリカ!?貴様がなぜここにいる!」
「なぜ……って、そりゃあんたが目の前で倒れたんで看病してやってたんだよ!悪いか!」
必死になって看病したのに、なんでそうなんだよ!
……そう思ってから、これが以前の自分だったのかと思い当たる。
相当嫌な奴だったんだろうな、俺。
「人を非難の目で見た後で、今度は哀れみを込めた目か」
思い切り俺を睨み付けながら、低い、でも俺と同じ声でアッシュは呟いた。
そして、ベッドから降りて立ち上がる。
「ちょっと、どこに行くんだよ」
「……世話になった」
ぶっきらぼうに短く言うと、アッシュは部屋の扉を開けた。
全然感謝してねえよ、それ。棒読みだし。
「いっつも自分勝手にいなくなりやがって。そんなフラフラの身体でどこに行くってんだよ」
もーいいよ、どこにでもいっちまえ……と言って、俺は部屋を出ていこうとしているアッシュに背を向けた。
「帰ってくるな、バーカ」
一言、小さな声で呟いた。

周りの気も知らないで。
いっつも自分だけで。

それが、昔の俺を思い出しちまうから、余計に苛つくんだよ……ッ

ぎりっと奥歯をかみしめたのと、部屋の扉が閉まる音がしたのは、ほぼ同時だった。


+++

俺は後ろ手に扉を閉めた。
目の前には不機嫌そうなレプリカが背を向けて立っている。
……俺は、どういうわけか部屋の外に出ることが叶わなかった。

『帰ってくるな、バーカ』

出ようとした足が、この一言で止まった。
“帰る”?どこへ?
なぜレプリカが“帰る”などという単語を使ったのかは定かでないが、俺はその“帰る”という単語に嫌悪感を覚えなかった。
どこか、“帰る”ことを望んでいる自分がいることも気付いていた。
でも、そこは故郷であるバチカルではない。きっと、レプリカもバチカルのことを指したのではないだろう。
“帰る”ところは、帰りたいところは、俺にとって場所ではなかった。

レプリカ、の。

「うわぁっ!?」
俺がレプリカの背中に抱きつくと、レプリカは大きく悲鳴を上げた。
「大げさだ、馬鹿」
俺の身体は毒が回っていて融通が利かない。
はっきり言って、立っているだけでも苦痛だ。
それに、なぜか熱があるのか顔が熱くて、足がもつれる。
………だからといって、抱きついた言い訳にはならないが。
「何だよ。出ていったんじゃねーのかよ」
どこか不機嫌な声のレプリカ。
当然だろう。俺はレプリカを怒らせるようなことをした。
レプリカだって、俺を怒らせるようなことをいつもするくせに。
そうして意見が合わなくてケンカをする度に、俺は再びレプリカの前に姿を現すことが怖くなる。
きっと、俺がいなくても、レプリカは何も変わらないんだ。
だが、俺は……拒絶されることが怖くて仕方がない。
俺の居場所を、レプリカに取られたときから、ずっと“俺(ルーク)”という存在がなかった。
今微かに残っている“俺(アッシュ)”がもし拒絶されたら………
そう思うとき、憎むべきレプリカの存在がいつも俺を支えてくれた。
顔をつきあわせると、いがみ合ってばかりだが、レプリカは必ず俺を“オリジナル”だと言う。自分は“レプリカ”で“劣っている”と。だから、“俺(オリジナル)”の方が、存在するべきなのだと。
こう言ったのは、レプリカだけだった。
曲がりなりにも、俺が存在していいものなのだと、言ってくれたのは、レプリカだけだった。
行動を共にしてきたオラクルの連中にさえ疎まれ、親にも会えず、名前さえ奪われた俺が、唯一“ルーク”でいいといったのは、俺の全てを奪ったレプリカだけだったんだ。
だから、俺は、
「……離れたくない」
小さく、告げた。
俺を、消さないで欲しかった。
俺を、ルークと……いや、アッシュと呼んで欲しかった。
ルークは、お前にこそ相応しい……、認めたくないが、そうらしい。
「………離れたくない。……ルークの、側から」
俺がもう一回言うと、レプリカは、あぁっ、と叫んで頭を掻きむしった。
「俺さ、アッシュが本気で出ていったから、追いかけて引きずってこようって思ったんだぜ?なのに、自分から帰ってきやがって。拍子抜けじゃねえか、くそっ」
その、いかにも俺が悪いみたいな口調にむっときたが、よくよくその言葉の意味をかみしめたら言い返すことは出来なかった。
自分を追いかけてくれると、言ったのだから。
………でも。
「…ナタリアの、ためか?」
ぴくりとレプリカが反応する。髪をいじっていた手が止まった。
俺は、ずっとこのことが気になっていた。
レプリカは、いつも自分以外の人のために俺を引き留めようとする。
今日は、オアシスでレプリカと待ち合わせたときに、ナタリアを無下にしてしまったから、それで俺を引き留めているのではないのか。
ふと、レプリカの手が俺の腕にかかった。
レプリカは力を込めずに俺の腕に触れている。その優しい感触に俺は、無意識にレプリカをきつく、痛いくらいに拘束し続けていることに気付いた。
慌てて、レプリカを解放する。
「何で、離すんだよ」
背を向けたまま、レプリカが小さく言う。
そして、拳を握りしめたかと思うと、勢いよく振り返って俺を正面から抱きしめた。
「離れたくないって言ったのは、あんたのほうだろ?」
驚きすぎて、声が出ない。
「何で、………何で俺があんたと“離れたくない”なんて思わなくちゃならないんだよッ!」
叫んで、より一層強く俺を抱きしめてくる。
その強い言葉と、腕が、何より俺の疑問を払拭してくれた。
………嬉しい。
俺の心に、忘れかけていた感情がよみがえる。
甘くて、どこか気恥ずかしい、あの………
俺は、その感情のままに、レプリカに腕を回した。
俺と同じ色をした髪に顔を埋めると、風呂に入ったのか心地よい香りが俺の鼻をくすぐった。
「………ベトベトする」
しばらくすると、耳元で、レプリカがぼそっと言った。
確かに、俺の身体からはモンスターの血の臭いしかしなかった。
「おい、髪までベトベトするじゃねーか。ほら、風呂行こうぜ。俺までベトベトになっちまった」
レプリカは俺の髪に触れるが、乾いてしまった大量の血によって、梳くこともままならなかった。
腕を放してにこりと笑ったレプリカに、なぜか俺は逆らうことが出来なかった。


+++

「はぁ……、っ……」
ベッドに横たわるアッシュの顔が、いや、身体全体が真っ赤だった。
こう言っちゃ何だけど、扇情的、っつーか。

俺たちは一緒に風呂に入った。アッシュはすごい嫌がってたけど。
身体の細かいところまで全て同じに作られているんだな、なんて思ったらちょっと変な気持ちになった。
それで、恥ずかしがるアッシュをなだめて、背中を流しあったり、髪を洗ったり……
純粋に、楽しかった。
で、何でこんな状況になっているかというと、俺がアッシュの毒を中和させようとしてカクテルを飲ませたのが原因。
つまり、アッシュはかなり酔っぱらってて。フラフラしたのは、実は酒のせいだったんだ。
それを忘れて、俺の髪の毛を洗ってもらってたら、アッシュが突然俺にしなだれかかってきた。
なんだと思ったら、アッシュは半分気を失ってて………。
慌てて身体を流して、ベッドに寝かせてあげたんだけど………

「暑い……」
俺が親切心から布団をかぶせようとすると、アッシュは無意識に布団をはね飛ばす。
何回やってもそれは同じで、ろくに服も着ていないんだから、このままだと風邪ひくぞ。
「おい、こら、大人しくしろっての」
まるで子供のダダコネだ。
でも、なんか普段のアッシュと違っていて、ちょっと面白い。
だから余計にいじめたくなっちまうんだけど。
掛け布団を二人分かけてみる。顔の上にかけてみる。
いちいち、反応が面白かった。
いくら薄い掛け布団でもアッシュにとっては邪魔らしい。あんまりいじめるのもかわいそうだから、少しだけアッシュを眺めていることにした。
六神将の制服なんだか、アッシュの私服なのか知らないけれど、あの服は非常に着せづらかったから、俺はその辺にあったバスローブをアッシュに着せた。そんで、俺も同じバスローブを着ている。このバスローブ、ふかふかしていて気持ちいいんだよな。
こうしてみると、屋敷に軟禁されてほとんど日に当たることの無かった俺よりも、アッシュの肌の方が白い。……俺はよく中庭で剣の修行してたけど、たしかオラクルの本部って屋内に練習場があったよな。それでか。
そっと、手に触れてみる。
風呂でも思ったけど、あまり傷はないんだな。
「………綺麗だ」
言ってから、俺はビックリした。
こんなこと、言うつもりはなかったのに。
「………」
「ん?なんだよ」
アッシュに名前を呼ばれた気がして、俺は考え事から現実に引き戻される。
バスローブが、さっきのいたずらのせいで大きくはだけている。
熱っぽい、アッシュの顔。
ぼうっ、と俺の奥の何かが熱く渦巻いていく。
アッシュの頬に手を添える。
もう、止められそうになかった。
何が、なんて分からない。
「ん…」
重ね合わせた口唇を離すと、俺とアッシュを輝く銀糸が繋いだ。
「アッシュ……」
小さく名を呼ぶと、アッシュは目を少し開けて、俺を見た。
そして、少しだけ口が開かれる。

……ルーク

か細い声は、そう言ったように俺には思えた。


+++

「あぁっ……、い、いや…、ぁん……っ」
もう、何がなんだか分からない。
誰の物とも知れない熱が俺を支配し、拘束している。
その熱から逃れたいのに、俺の身体はそれとは裏腹に貪欲にそれを求めていた。
「いやって、言ってばかりだぞ…、お前っ…」
俺に楔を打ち付けながら、切れ切れに言う。
解放されない苦しさと、許容範囲を大きく超えて与えられる快感に、俺はおかしくなりそうだった。
風呂場で意識を失ってから、それだけ経ったのか分からないが、気がついたら、俺は生まれたままの姿で、レプリカも生まれたままの姿でベッドの上にいた。
レプリカは、俺に馬乗りになって、……
「ちゃんと俺を見ろって、アッシュ……」
「あっ……! …も…、やぁっ……」
少し意識が逸れることも許されない。
半ば強制的に、俺はレプリカに抱かれている。
それでも、俺が、レプリカを欲してしまうのも事実で。
体の中でレプリカが動くたびに、俺の身体は震え、口からは嬌声が漏れる。
「や……っ、いやぁ…っ」
この、恥ずかしいくらいに濡れた声に混じって、俺の本当の気持ちがこぼれ落ちそうだ。
だから、俺は精一杯それを防ごうとして、でも、拒絶の言葉しか口から出てこないのがもどかしい。
「“イイ”の間違いだろ? もうこんなだし」
そう言って、俺の痛いくらいに欲情を誇示しているものを指ではじく。
そんな些細な刺激さえも、俺にとっては耐えることの出来ない快感で。
「あっ…!」
だから、またこんなあられもない声を出してしまう。
出してしまってから、恥ずかしくなって顔を手で覆うと、レプリカは笑い始めた。
「たまには、素直になれよな、アッシュ」
口唇に優しいキスを落とす。その感触に酔うこともままならないまま、再び律動が始まった。
優しくて、乱暴な、そんな不器用な刺激が身体の中心をくすぐる。
気付けば、俺は自分の中で荒れ狂っている感情を、抑えることが出来なくなっていた。
「レプ、リ…カ……、ぁ、っ……!」
いつの間にか、俺の足はレプリカの腰にきつく巻かれていて。
まるで、貪欲に快楽を求める獣のようだった。
「なあ……、俺のことは“ルーク”って呼べよ……」
レプリカっていう名前じゃない、と訴えてくる。
でも、俺はそれに答えるだけの余裕はかけらもなかった。
突き上げられ、揺すぶられるままに、腰をくねらせ、喘ぐだけで精一杯だった。
「“ルーク”って言わないと、イかせてやんねーぞ」
無情な言葉と共に、急に動きを止められて、行き場の無くなった欲望が放り出される。
あと少しで高みまで行けたのに………
解放して欲しい欲望と、羞恥が俺の中で一気に沸き上がる。だが、欲望の方が僅差で勝った。
結局、俺はレプリカのことが……
「……ーク」
「聞こえないぞ」
意地悪く笑う。
きっと俺のことをからかって楽しんでいるんだろう、と頭の中で誰かが囁いていた。
でも、それによって俺の本能が覆されることはなく……
「ルーク…ッ、ルーク、頼むから……イきたい…っ」
解放されることだけを望んで、何度も“ルーク”と言うと、手が伸びてきて俺の髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「良くできました」
嬉しそうに笑うと、ルークは再び身体を進めてくる。
深く、深く……
今度こそ、俺は温かい腕の中で張りつめていた欲情を四散させた。
「お前だって、ここに存在してる」
意識が沈み込む瞬間、柔らかな言葉が俺を包み込んでいくのを感じた。


……深夜のベッドの中。
辺りには完全な闇が降りている。
そのなかで、微かに聞こえる温かい吐息。
それ以上に温かい腕が俺を捕らえて逃がさない。
その力強い感触が愛おしくてたまらない。
確かに、俺はここにいる……そう感じられるから。
俺はここにいて、お前に抱かれている。
そんな、単純なことが俺にとってどんなに嬉しかったことか。
そんな、単純なことでもお前にどんなに支えられたことか。

だけど。

……お前は今、幸せか?

静かに、その腕から抜け出す。
悪いが俺は行かなくてはならない。
きっと、お前の隣にいるべきなのは俺ではないと思うから。
きっと、お前の隣に俺が永遠にいることは出来ないと思うから。

だから、俺は消えてやる。
お前が消える前に、俺が。

静かに窓を開けると、夜風が身にしみた。
ご丁寧にも広げて干してあった服に身を通す。
そうしていつもの「俺」が出来上がる瞬間、窓の外に身を投げ出していた。

願わくば、眠る愛しいお前に幸福な夢を………

後書き

アッシュが好きすぎて、こんなものが出来上がりました。
最後は無理矢理終わらせたのがありありと感じられますね(汗
長文をここまで、ありがとうございましたv @空見

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