思わずお前の名前を言ってしまって、
お前は嬉しそうに顔をほころばせている。
それを、見たオレは、不覚にも……
嬉しい、なんて思っちまってる。
+The most important....+
ナム孤島は、よくわかんねえ、絵本の中のような街だった。
いきなり、仕掛けが発動してデカい音が鳴り響いたり、食べられそうになったり、
とにかく、心臓に悪い街だった。
オレは、そんなに乗り気じゃなかったんだけど、
アイツの……
「うわ、すげえ!!この音機関、どんな仕組みだ!?」
音機関オタクの超嬉しそうな顔を見てたら、「止めよう」なんて言えなくて……。
ついでに、ジェイドが漆黒の翼について言っていたことも気になったし。
女どもはみんなノリノリだし……
結局、ヘンなものには触らないように気を付けながら、みんなの後ろを歩いていたオレだった。
「一番、大切なヒト、誰〜」
そんな時だ。
これも調査です、とかなんとか言って絶対楽しんでいるだろうジェイドに連れられて入った小屋で、怪しげな男(格好はありじごくにんだったけど)にこう言われた。
なんと、解答権はオレにあるらしい。
みんなの視線が痛いほどに突き刺さった。
「ば、馬鹿馬鹿しい……」
「誰……なんですの?」
「だれだれ〜?」
「ふむ………(面白くなってきましたねぇ)」
複雑な視線のティアとナタリア、キラキラした目で見上げてくるアニス、冷静な顔をしながらも目が爆笑しているジェイド、それに……
「そんなにカタく考えるなよ。お前が一番大切に思っているヤツの名前を言えばいいんだから」
相変わらず、優しげににこりと笑っているガイ………。
そんな、ガイの優しさも、今のオレにとっては責め苦だ。
だって、オレの一番大切なヒトは、ガイ……だから。
即答できるくらい、大切に思っているから。
でも、でも、そんなのをみんなの前で言えるわけなくて。
でも、でも、嘘つけるほどオレは賢くなくて。
「そ、そうだな……、やっぱ、ガイかな」
つとめて普通に言ったつもりだけど、自分の顔が赤くなっていることが分かってしまった。
どうしよう、とガイをちらっと見ると、アイツは、本気で照れているのかうつむき加減に、それでもにこにことしていた。
嬉しいのかな、なんて思ってしまう仕草だった。
「えー!色気より、友情なの〜!?」
ガイに少し見とれていると、頬をふくらませて、アニスが睨んできた。
友情……いや、そうじゃない。
これは、「友情」なんかで呼称できる感情じゃない。
だけど……
「わ、悪いかよ!だって、ガイは“親友”だし、一番長く一緒にいるし」
こんな気持ち、言えるわけない。
いや、言っちゃいけないんだと思う。
だから、オレはあえて「親友」という名前を言った。
これなら、不自然じゃないと思ったから。
………違うな。
みんなから、特にガイから、変な目で見られることが怖かったのかも知れない。
だから、ガイが少し傷ついた目をしていたことに、気付かなかった。
「うわぁっ!?」
はっとしてみると、悲鳴と共にガイはどこかへ消えてしまった。
どうして、何で!?
「オイ、ガイをどこへやった!?」
思わず、オレは男の胸ぐらにつかみかかっていた。
ガイに何かあったらただじゃおかない!
「ガルド」
「何!?」
「ガルドくれたら、大切なヒト返す」
男は、臆することなく手を差し出した。
汚いヤツだと思った。
けど、金で“大切なヒト”が返ってくるなら!
「ルーク、そのような輩に金など渡す必要は……ルーク!?」
ナタリアの制止も聞かずに、オレは、ヤツになけなしの10万ガルドを握らせると、もう一度胸ぐらを掴んだ。
「これで足りるだろう!ガイを返せ!!」
ヤツは静かに頷くと、廊下の方を指差した。
同時に、どさっという重いものが落ちた音と、微かに悲鳴が聞こえた。
その声は、絶対に、
「ガイ!!」
みんなはなにか叫んでいたけれど、オレはそれを無視して部屋を飛び出した。
もう、オレの所為でヒトがいなくなるのはイヤだった。
大切なヒトが、目の前からいなくなってしまうのは、もっとイヤだった。
失いたくない!
そんな気持ちが、オレの中で嵐のように暴れていた。
だから、廊下につっ立っている長身の男を見つけたとき、思わず涙腺が緩んでしまった。
「ガイ!!」
驚き顔のガイに、抱きつく。
そのまま胸に顔を埋めると、砂と、ほこりの匂いがした。
「ルーク……」
「ばか、やろっ……なん、何でいきなりっ…オレっ」
しゃくり上げているのと、混乱しているので、上手く言葉をつなぐことが出来ない。
ガイは、そんなオレを優しく抱きしめると、ゆっくり頭をなでた。
「俺は、大丈夫だから。そんなに泣くなって」
「でもっ…!」
まだしゃくりあげているオレを見ると、ガイは小さく苦笑すると、くしゃっとオレの髪をかき回した。
それが、少し痛みを伴っていて、オレは非難の目を向ける。
年上で、背もデカいガイは、にこりと笑っていろんな意味でオレを見下ろしてきた。
なんか、あやされてるみたいだな……オレ。
少し恥ずかしいけど、ほっとするのも事実で、オレは涙が収まるまでガイの温かい鼓動を聞いていた。
「ありがとな」
「え?」
突然、ガイがつぶやいた。
「俺のこと……親友、って言ってくれてさ」
そっとガイの顔を見ると、いつもの笑みに、少しだけ陰りが差しているように見えた。
あの、シンクのカースロットのこと、まだ引きずってるの……かな。
オレは、もう気にしてないのに。
「カースロット……まだ気にしてんのか?」
「あ…いや、そうじゃないんだ」
そう言いながら、ガイは頭の後ろをかいた。
昔から思ってたけど、ガイは何かを隠そうとしているときには頭をかくクセがあるらしい。
だから、ガイは何かを隠そうとしているってことなのか。
「オレは、もう気にしてないから。ガイってさ、いつもオレに何か隠そうとするだろ?だから、ちょっとだけガイのこと知れて良かったって、思ってるんだ」
「ルーク……」
それに、悪いのはガイじゃない。親父と、……平和ボケして生まれたオレ。
きっと“ルーク(オレ)”という存在が、ガイにとっては苦しみと憎しみの対象だったに違いないんだ。
少しいたたまれなくなって、ガイを避けるように俯く。
本当にいたたまれないのはガイのはずなのに。
「バーカ。俺も、もう吹っ切れたさ。ある意味、シンクのおかげだな」
ははは、と笑ってみせたガイは、頭の後ろにやっていた手を、俺の腰の辺りに伸ばすと、そのままぎゅっと抱きしめた。
「俺が言いたいのは、そういうことじゃなくて」
一転して、真剣な声が、俺の耳に届く。
「俺も、お前を大切に思ってる、ってことだ」
「え」
嬉しかった。
ガイも、オレを大切に思ってくれている。
でも、それって……
「“親友”として?」
「いや」
「じゃあ、“使用人”として?」
「それも、違うな」
「じゃあ、なんで…、っ…!」
気付いたら、なにか温かくて柔らかいモノが、オレの唇に押し当てられていた。
ガイの瞳が、オレのすぐそばにあって……
これって、もしかしなくても、あれ……だよな?
どうして。何でガイはこんなこと………
「…こういうことだ」
長いのか、短いのか、よくわからない時が過ぎた後、ガイは顔を離して複雑な表情を浮かべた。
オレは、唇に手を当てたまま、何もしゃべることができなかった。
「イヤ、だったか?」
オレはぶんぶんを首を振った。もちろん、横に。
むしろ、すごく、嬉しかった。
「良かった〜。拒絶されるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだぜ?これでも」
大きく笑って頭をかくガイが、何か、羨ましくて、でも小憎らしい。
でも、そんなガイが大好きなんだ。
「嘘つけッ、分かったてただろ、拒否しないの!」
「あ、バレた?っていうか、お前の方がわかりやすすぎって言うか」
「バカッ!最初からそうならそうって言えよ!こっちは結構しんどかったんだぞ!」
「……悪かったよ」
ガイが、耳元でささやいた。
「 」
たった5文字なのに。
たった一言なのに。
何で、こんなに嬉しくなるのか分からない。
だけど、世界で一番、ガイが大切なんだ。
オレはちょっとだけ、あのありじこくにんもどきに感謝した。
Fin