Love of Truth

「強くなれ、チャムカ」
そう言ったのは、誰だったか。

「悔しさを力に変えるんだ」
そう、憎しみに満ちた心に、光がともった気がしたんだ……

「強くなれ」

オレ、あれから強くなったのかな……?

Love of truth 


「いっけー!!」
少年の手に握られた小さな弓から、矢が続けて三本放たれる。
少し少年から離れた幹に、心地よい音と共に矢が突き刺さる。
それを見ると、少年は誇らしげに胸を張った。
「今日も絶好調だぜ」
少年の名は、チャムカ=ターン。北甲国の可族で生まれた、やんちゃな子供だ。
朝日を浴びて、少年──チャムカの手に持つ弓がきらりと光る。
可族は、狩りをして生活する遊牧民族で、主な狩猟道具である弓は、可族の男達の必需品となっている。
可族の子供は、小さい頃から弓を引き始める。チャムカもその中の一人だ。
「よーし、もう一回………」
「もうそのくらいで止めにしておけ。せっかく作った弓がもったいない」
弓をつがえようとしたチャムカを止めたのは、少し大人びた少年だった。
彼は、朝日の光を避けるように、樹の陰に立っている。
「えー。いいじゃん、もう一本くらい」
チャムカが可愛くふくれてみせる。
「……その度に作り方を教える俺の身にもなってくれ」
樹の幹に寄りかかるようにして立っていた彼は、小さく溜息をついた。そして、チャムカの方へと歩み寄る。
「帰るぞ。腹が減っただろう」
チャムカを見つめる彼の右目には、きつく布が巻かれている。
その布の下を、チャムカは見たことがない。否、チャムカは見るのが怖かった。
なにか得体の知れないものが、そのしたには潜んでいると思えるからだ。
「しょーがねーなあ」
有無を言わせない口調に、チャムカはしぶしぶ従った。
片目の少年──エムタト=チェンは、自分より遙かに年下のチャムカが生意気なのが面白くない。
だが、その生意気さが、チャムカの魅力でもあることに、エムタトは気付いていた。


「なあ、見た?オレの必殺技“チャムカ連弾”!」
可族の宿営地へと向かう道すがら、チャムカが、満面の笑みでエムタトを覗きこんだ。
今朝の矢三連射のことだろうが、連射は高等技術だとしても、あれでは殺傷力はほとんど無い。
───特に、あの短い弓ではな………
エムタトは分かっていた。
だが、あの弓は、チャムカにとって、父親が作ってくれたたったひとつの宝物だ。だから、エムタトは容易に口出しをすることが出来ないのだった。
「ああ。確かにお前の高速連射はたいしたものだ。だが、もう少し静かに射ることはできないのか?ねらいが獣だったなら、とっくに逃げ去っているぞ」
腕組みをして、エムタトは答えた。
「悪かったな、うるさくて。でも、エムタトが暗いから、オレが頑張って盛り上げているんだろう?」
全く、とチャムカはうなってみせる。
エムタト自身、別に自分を暗いとは思っていない。ただ、チャムカのように、無駄ごとをたたかないだけだ。
でも、とエムタトは考える。
───そんな明るさも、チャムカには必要不可欠なのかもな
「エムタト、気持ち悪いぜ?なに一人で思い出し笑いしてんだよ」
考えていたことが表情に現れてしまったのか、エムタトの口元には笑みが浮かんでいた。
「すまん」
短く謝ると、エムタトは表情を引き締め、歩幅を広げる。
可族のチャムカ達の天幕の中には、妹のアイラを待たせたままだからだ。
それが分かっているチャムカは、でも、自分の弓の練習を手伝ってくれたことに感謝していた。
───オレって、エムタトの中じゃあ、アイラの次なんだろうな………
心の中で溜息をつく。
この、胸にちらつく想いは何なのか、チャムカは知らない。
「悪かった。そんなに強い言い方をしたわけではないのだが」
お前は最高の弓引きだよ、とエムタトはチャムカの頭をくしゃっとなでる。
そんなに悲愴な顔をしていただろうか。
なんだか、どこかで煮え切らない想いを抱えながら、チャムカは曖昧な笑みを浮かべた。
この気持ちは何なのか、多くを知らないチャムカには分からない。
まだ、このときは。
ただ、まるで自分の兄のように微笑むエムタトに頭をなでられると、安心する。
「どうした、熱でもあるのか?」
顔が真っ赤になったチャムカを心配して、エムタトが言う。
熱なんか無かった。でも、顔が熱い。
「熱なんかねえよ!ガキ扱いすんなよな!」
エムタトの手を振り払って、チャムカは歩き出す。
後ろから、エムタトも続く。

誰も、この二人を引き裂く悲しい事件が起きようとは、夢にも思わなかった。


「アイラ─────ッ!!」

時間は、元には戻らない。


*  *  *

チャムカは、やがて多喜子と出会う。
チャムカ──玄武七星士“虚宿”は、玄武の巫女である彼女との旅を通して、様々なことを学んだ。

仲間、信頼………そして、愛。
多喜子と女宿を見ていた虚宿は、やがて気付く。
胸を焦がすこの想いは、恋、であるのだと。

そして、虚宿は思いがけず昔可族と汗族が住んでいた辺りへと足を踏み入れる。
そこには、氷の中で時が止まってしまったアイラと、それを見守り続けたエムタトの姿が。
“虚宿”の氷の力でアイラを助け、エムタトを時の流れから解放する。

氷の中で止まってしまった時が、静かに動き出す。
氷の中で止まってしまった想いも、また心の中で渦巻き始めた。

好きだ、という想いが。
愛しい、という想いが。
狂おしいほどにこみ上げてくる。

*   *   *


虚宿は正直、困っていた。

「あの……、私も、祭りで踊りたい……。一緒に踊ってくれる?」 

アイラから踊りの誘いを受けたはいいが、どうやってこれから接していけばいいのか。
エムタトには、“妹は必ず幸せにしろ”などと完璧に誤解されてしまっている。
「はぁ〜。オレ、「斗宿」の説得に来たんじゃなかったのかよ」
虚宿は、盛大に溜息をついた。
これでは、多喜子に見栄を張ってきた意味がない。しかも、最後には女宿にバカにされるのがオチだろう。
───あぁ、もう!
頭を掻きむしって、虚宿は肩で荒い息をつく。
とりあえず、エムタトにきちんと話をしなければならない。
「斗宿」のことと、あとは…………
「アイラ……」
さっきのアイラの目は真剣だった。
自分にはもったいないくらいに。
虚宿は、今日何度目かも分からない溜息をついた。
さあ、エムタトはどこにいるだろうか。
エムタトは、よく木の近くにいた。この辺りで一番大きな木が生えているところ…………
そこに、エムタトがいる。
そんな、予感がした。


村を見下ろす小高い丘の上、大きな木の根元に、エムタトは座っていた。
背後から近づく遠慮がちな足音を聞きながら、エムタトは小さく息をつく。
「あ、あのよ、エムタト。話が……あるんだけど」
おずおずといった虚宿の声に、エムタトは、振り返らなかった。
「ああ、祝言か?そんなに急くことも」
「ちげーよ!その話は……まあ、後でするけど……別の話があるんだ」
思わず別の方向へ行きそうだった話題を、虚宿は急いで元に戻す。
“斗宿”。
玄武七星士の一人である、その証が自分の身体に刻まれていることは、エムタトだって、誰だって知っている事実だ。
だが、その運命を、エムタトは虚宿のように素直に受け入れられない。
忌まれ、拒まれ、さげすまれながら生きてきたエムタトにとって、“斗宿”という宿命は、不要に近いものがあった。
「俺はお前と一緒には行けん」
虚宿に背を向けたまま、エムタトは続ける。
「お前のように、そうやすやすとこの宿命を受け入れることは出来ない。巫女が現れたというのは正直驚いたが」
エムタトは自嘲気味に笑うと、夜空を仰いだ。
「第一、民に畏怖される存在である俺たち七星士と巫女が、どうしてその民を救わなければならないのだ?おかしな話ではないか」
遠く、祭りの音楽が聞こえる。とても、北甲国が滅亡しようとしているようには見えない。
「違う。別に、ヤツらを救おうとして旅をしているわけじゃねーよ、オレは。多喜子に会って、“虚宿”って言われたときに、何か、逆らえないものを感じたんだよ。運命っつーか、宿命っつーか……、オレたちは巫女を守るために生まれた存在だろ?なら、その巫女が目の前で苦しんでいるのに、指をくわえて見守ってるだけっていうワケにはいかねーだろうが」
もっともだ、とエムタトは思った。
彼ら七星士の第一の目的は、巫女を脅威から守ること。
虚宿の言った、逆らえない何かは、エムタトも感じていた。だからこそ、決断が鈍る。
「少し、考えさせてくれ」
エムタトには、これしか言うことがなかった。
「そうか………。あ、で、その………アイラの……ことだけどよ」
ぴく、とエムタトが反応する。
やっぱり、気になっていたのだった。
「オレ、さ。アイラの気持ちは嬉しいんだ。けど」
ふいに、虚宿は口をつぐんでエムタトを見つめる。
この気持ちは、旅をしていて、多喜子と女宿を見ていて気付いたことだ。
───オレは、本当は…………
「アイラは、ずいぶんと前からお前のことを気にしていた。お前も、アイラのことは嫌いではないだろう?それどころか、前に“好きだ”と言ったことがあったな」
エムタトに言われて、思い出した。前に、ふざけてアイラと恋人ごっこをしたことがあるのだ。
「お前になら、アイラをまかせられる」
虚宿を信頼して言った言葉であろうが、その口調には怒気が含まれていた。
「違う、話を聞け、オレは」
「はっきり言え、チャムカ!アイラの求婚を受けるのか、受けないのか!」
エムタトが立ち上がり、虚宿を睨み付ける。
虚宿は足下に視線を落としたまま、言いよどんだ。
「オレは、オレは…………」

以前に見た、エムタトの笑顔を思い出す。頭をなでられたことも、隣を歩いてドキドキしたことも。
いつしか、虚宿は気付いた。この感情が“恋”であることに。
男である虚宿が、同じ男であるエムタトに恋をするというのも、変な話ではあるのだが、虚宿にとっては、それは紛れもない事実だった。

「オレは、お前がいいんだよッ!!」

思いの丈を、全て虚宿は叫ぶ。
「アイラじゃなくて、オレはお前が好きなんだ!ずっと、ずっと好きだった!」
耳まで真っ赤になりながら、虚宿はエムタトを見つめる。
エムタトは、虚をつかれた顔をして虚宿を見つめる───が、すぐに穏やかな笑みへと変わった。
「エ、エムタト?」
てっきり呆れられたり、怒られたりするかと思っていた虚宿は、予想外の反応にとまどう。
「正直に言おう。アイラが、お前に告白しているのを聞いたとき、俺は確かに嫉妬した」
それは、アイラに、ということでいいのだろうか。
話が見えてこない。エムタトは何を言いたいのだろうか。
「チャムカ……」
エムタトは呟くように虚宿の名前を呼ぶ。
そして、虚宿へと歩み寄る。
ドクン………
虚宿の心臓が早鐘のように動き始める。
エムタトの手が、虚宿の顎に触れる。顔が、近づく……!
「………んっ」
エムタトの唇と、虚宿のそれが、重なっている。
その事実に、虚宿は気付くのが遅れた。
そのうち、唇が離れる。虚宿は、手で自分の唇に触れた。
───オレが、エムタトと、接吻!?
あまりの衝撃に、口をぱくぱくさせていると、エムタトは小さく不器用に微笑んだ。
「すまん。……俺も、お前が好きだ。チャムカ、お前を」

───へええぇ!?

信じられないことがいっぺんに起こりすぎて、虚宿の思考回路は現実について行けていない。
虚宿がエムタトに告白した。エムタトも虚宿が好きだと言った。そして、

キスを、した。

「嫌、だったか?」
首をぶんぶんと横に振る。
嫌なわけがなかった。むしろ、すごく嬉しかった。
本当に、虚宿はエムタトのことが好きだったのだから。
「いい、のか?」
「なにがだ」
「その、オレと、こ、恋っ……」
くす、と小さく笑うと、エムタトは虚宿の肩に手を乗せた。
「かまわない……。お前を愛しているんだから」
優しく笑うエムタトは、虚宿の恋人となった。



*  *  *



空には、満天の星が輝いている。
村の女達が、酒と料理を片づけ始める。
祭り一日目の、終わりだ。
そんな村を眺めながら、二人──虚宿とエムタトは何言うともなく寄り添って座っていた。
「なあ。やっぱり、オレたちとは行けないのか?」
エムタトの肩に頭を乗せながら、唐突に虚宿は言う。
エムタトも、ずっとその事を考えていた。
虚宿と心(と身体)通わせた今、行きたくない気持ちはなかった。しかし、心に引っかかることがひとつだけ残されている。
「やっぱ、アイラのこと、心配か?」
エムタトは、何も答えない。ただ、手で虚宿の髪を梳くだけだ。
「そっか……。でもよ、アイラだっていつまでもガキなワケじゃねーし、大丈夫だと思うんだ。それに、面倒だけならうちの親が見てくれるとおもうぜ」
だから、と虚宿は口をつぐむ。
虚宿がエムタトの傍にいてやれれば、それが一番いいのだろうが、やはり、それは七星士として多喜子と行動を共にすることを決めた虚宿には無理な話だ。
「チャムカ……」
「違う」
話し出したエムタトを遮って、虚宿は言った。
「オレは“虚宿”だ。そして、お前も……“斗宿”だ」
エムタトの右目に存在する“斗”の文字。虚宿の背中に存在する“虚”の文字。
それは、二人の逃れられない宿命を指す。
「“斗宿”……か」
巫女を守り、聖獣を巫女と共に招喚せし者。
それが、七星士。それが、宿星の運命。
「あの巫女、なんだか逆らえそうにないな。女宿も、あの娘には弱い」
「じゃあ………!」
斗宿は微笑む。
「共に行こう………虚宿」
手を差し出す。
その手を握る。
二人の手の温もりが、血の繋がっている兄弟以上の絆を結んだ。
それは、永遠の愛。
二人は、誓い合った。“離れない”と。

*  *  *

───俺が、本当に、本当に待ち望んでいたのは…………
“虚宿”、お前だった…………

お前は、役立たずなんかじゃない。
強くないことなんてない。

俺一人では出来ないことも、お前は一人でやってのけた。

後ろばかり見ていた俺とは違って、お前は常に前を見つめていた。

気付かないかも知れないが、お前は誰よりも強く、頼もしい。
可族一の弓引き、そして

玄武七星士「虚宿」なのだから───




───今度、アイツにあったら、そのときこそ………
想いを伝えようと思ってた。

守られてばっかで、びーびー泣いてて。
あのころは、どうしようもねえガキだった。

でも、お前がいたから、オレは今ここにいる。

お前がいたから、玄武七星士なんて、柄じゃないことやってる。

いつも空回りしていたオレを助けてくれたのは、お前だった。
オレと同じ、

玄武七星士「斗宿」───あんたが。



だから、俺はお前と一緒に行こう。
だから、オレはお前と一緒に行きたい。

好きだから。
同じ道を歩いて行きたい。

いつまでも、ずっと…………
                                     
───── ソバニ、イル ─────

FIN


後書き

初書きのふし遊小説です。
かなり緊張しました。今でもドキドキいってます。
とりあえずは、漫画にリンクするように書き込んだつもりです(汗
長文でしたが、ここまで読んでいただき、感謝感激ですv  @空見

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