Freedom color

Freedom color


上方に広がる青に手を伸ばす。
突き抜けるような色のそれは、いくら自分が手を伸ばしても、欠片さえ掴むことは出来ない。
無限に続くものなのに、果てしなく広がっているものなのに。
誰もがそれを見ながら、少年から、大人へと成長していく。名前を知らないものは、そう、誰もいないだろう。見たことがない者も、また同じであろう。
ただ、ひたすら青を見つめる。
何もすることがないわけではない。いや、むしろやることはたくさんある。

倶東国に忠誠を誓う者として。

再び、青へと手を伸ばす。今度は、伸びをするために。
「…う………ん」
文句の付け所のない、快晴。
溜息は、自然と口をついて出る。それは、落胆ではなくて、感嘆のそれだった。
「美しい…ですね………」
思わず、呟いてしまう。そう言おうとして言ったわけではない。
そんな自分に少し驚きながら、彼の耳は近づく足音に気付く。この騒々しい足音は、きっと。
「お、こんなところにいたのかよ、紫義。探したぜ」
振り向くと、たくましい男が紫義を見下ろしていた。
「緋鉛でしたか。どうしたのです、今は休憩時間ではないのですか?」
「ちょっと、ヒマでさ」
驚く素振りを見せながら、紫義は近づいてくるのが緋鉛だと分かっていた。
分かっていた上で、分からなかったふりをしていたのだ。
「お前こそ、何やってたんだよ」
緋鉛は、紫義の隣へ腰を下ろす。
二人の座っている場所に、優しい風が吹き抜けた。
「少し、空を見ていたんですよ」
言いながら、紫義は空をまた見つめる。
紫義の言葉を聞くと、緋鉛の眉間にしわが寄った。
「空ぁ?……空見たって、なんも変わんねえよ。腹が一杯になるわけでもないし、戦いが終わるわけでもねえし」
ふっ、と紫義は笑った。それは、緋鉛を嘲笑したのではなく、どちらかというと苦笑に近い笑いだった。
確かに、空が自分たちにしてくれることなんて数えるほどしかないだろう。
でも。
「ただ、存在しているということだけが、僕たち人間の救いになったりはしないものですかね」
は?、と緋鉛は怪訝な顔をする。
「いえ、忘れてください。さて、休憩時間は終わりです。そろそろ兵を動かしましょうか」
先程笑った紫義の優しい横顔はどこへいってしまったのか、緋鉛の見つめる先で立ち上がった紫義は「倶東国の紫義」だった。残忍、冷酷と言われる紫義の横顔だった。
「いきますよ」
紫の服に身をやつした紫義は、青い鎧を着ている倶東国兵士の中に立つとよく目立った。
てきぱきと兵に命令を下していく紫義を横目に、緋鉛はあの微笑みを自分だけのものに出来たらと、密かに思っていた。

*   *   *

倶東国兵士達は、午後いっぱい移動し、日も暮れかかってきた頃、野営をするために天幕を張り始めた。
森の中の開けた空間に、何百という兵を駐屯させるのは狭かったが、入りきらないほどではなかった。
当然の事ながら、紫義や緋鉛には兵士用の天幕よりも大きいものが支給される。兵士達は狭い天幕の中で川の字になって今日の夜を明かすこととなった。

「紫義、いるか?」
紫義の天幕の入り口をくぐると、緋鉛の思惑とは裏腹に、紫義は寝床に入った後だった。
しばらく悩んだが、他にすることもないので、緋鉛は紫義の天幕の中にいることにした。
月明かりに照らされて、紫義の白い顔がより妖艶に浮かび上がる。形の良い唇から定期的に送り出される吐息は、気温の低い土地だからなのか、心なしか少し白く輝いて見えた。
緋鉛は、素直に「綺麗だ」と思った。女はもちろん、男でも一度は振り返る美しさの持ち主が相手だ。綺麗ではない理由が思い当たらない。
「オレ…、もしかしなくても惚れた、とか」
寝ている紫義に聞こえないように、そして、紫義に聞こえないように、緋鉛は小さい声で呟く。
倶東国の兵士となり、紫義と一緒に任務をこなすようになって、いつしか、緋鉛は紫義への想いに気付いた。最初は、(紫義が強いから)気に入った、というなんとも生半可なものだったのだが、彼の中で、紫義の存在は日増しに大きくなっていった。緋鉛には、好き、だとか、愛している、といった感情を理解することは出来なかったが、紫義と一緒にいると、どうしても紫義を「手に入れたい」と感じてしまう。きっと、これが恋なのだと、緋鉛は思っていた。
手に持っていたビンから、緋鉛は一気に液体をあおった。もちろん、中身は酒である。
しばらくすると、酒特有の甘い気だるさが襲ってくる。こうなると、人間物事を道に沿って考えられなくなってしまうものだ。
緋鉛も、もちろん例外ではない。
時折、寝苦しそうに寝返りを打つ紫義に向かって、緋鉛は歩み始めた。
「ん……」
苦痛の声が漏れたが、緋鉛は構わずに口づけた。短く、何度も、何度も。
「緋鉛、何を……」
寝起きで、ぼうっとした紫義の目が、緋鉛をとらえる。緋鉛は、紫義の言葉が終わらないうちに、再び唇を塞いだ。
「ん……ふぅ、ん……っ」
紫義の口から、喘ぎにも似た声がこぼれていく。緋鉛は、半ば夢見心地で、キスの感触に酔っていた。
やがて、二人の唇が離れたとき、最初に言葉を発したのは紫義だった。
「緋鉛、あなた酒臭いですよ」
そう言って、顔を背ける。紫義の顔が見えなくなる瞬間、緋鉛が一瞬だけ見た顔は、仄かに赤くなっていなかっただろうか。
その様子が無性に可愛く感じた緋鉛は、紫義を覆い被さるようにして、寝台に押しつけた。
「何をするのですか!」
焦った紫義が抗うが、緋鉛の力には敵わず、抵抗は意味をなしていなかった。
「少し黙ってろ」
「緋鉛、あなた一体どれだけ酒を……!」
緋鉛が、紫義の首筋に吸い付く。そのまま口を下にさげていき、鎖骨の辺りを優しく攻めながら、手は服をはだけにかかっていた。
「そん、なぁっ…やっ」
緋鉛の奏でる厭らしい水音と、紫義の口から漏れる甘い喘ぎ声が、絡まり合う。いつの間にか、緋鉛の腰に回された紫義の腕が、緋鉛に続きを、激しさをせがむ。

「ひ、え……、すき……です…ッ」

赤くなった顔のまま、乱れた姿のまま、訳も分からず紫義は愛しく思う者の名を呼び続ける。
好きだ、と。愛している、と。

*   *   *

月明かりに照らされる寝台の上で、二人は抱き合ったまま一夜を過ごしていた。
いささか強引ではあったかもしれないが、二人の思いはひとつに結びあった。
「今日、空を見ていたのは、緋鉛のことを想っていたからです」
ぽつりと、紫義がつぶやく。
「あなたは、空みたいな人ですから」
「なんだそりゃ」
今日の朝のように、緋鉛は怪訝そうな顔をした。
「分からなくても良いですよ。……ただ」
「ただ?」
紫義は、緋鉛の唇に軽く口づけを落とす。

「ただ、傍にいるだけで、僕を救ってくれる気がしたから……」

そう言って笑った紫義の顔は、緋鉛の愛して止まない、至高の笑顔だった。

後書き

緋鉛と紫義のラブラブを書こうとおもっていたら。
こんな変な物が出来上がりました。
これは、絶対紫義じゃないよね(汗  @空見
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