追いかけっこ

「親父、ただい……ま?」
「おう武、お帰り!」
 獄寺に出された死ぬかと思うほどの濃密な発展問題のプリントをなんとか終わらせ、山本は途中から部活に参加していた。
 補習中終始にやにやした顔を崩さなかった獄寺に苛々して、この日のプレーは散々だった。
 学校で、今夜行くと言っていたので、山本は帰り道ずっと何をしてやろうか悩んでいたのだが。
 いつものように店の入り口を開けた山本はありえない客を見つけて固まった。
「部活お疲れ様、山本」
 家に帰ってまず見るのが、そのにやにやした顔とはどういうことだ。
「ご、くでら先生、なんで居るんですか!」
「何って…飲みに」
 綺麗に笑って、飲みかけのビールジョッキを持ち上げるから、山本は危うく納得してしまうところだった。
 しかし、仕事帰りの人が店に来ても何ら問題は無い。
 山本は喉元までせり上がっている言葉を必死に押し込めた。
「い、…いらっしゃいませ…」
 確かに、約束どおり家には居るのだが。
「親父さん、イカ」
「あいよ!」
 自分の父親ながら見事な手さばきでイカを握っていく。ものの数秒で、獄寺の前には二貫の真っ白いイカが輝いていた。
 それを、アクセサリーのジャラジャラついた白い指がつまんで、醤油をネタに少しつけてから口に放り込む。美味しそうに小さく微笑んだ顔が目にまぶしすぎる。
 山本は色んな意味で口に唾液が溜まるのを感じた。激しく自分の予想を越えている。
「…ん…」
 ああ、手についた飯粒をそんな風に舐めないでくれ。
「…美味いッス」
 山本の混乱など知ってか知らずか、獄寺はまた綺麗に微笑んで店主の方へと向き直った。
「おぅ、ありがとよ! 次何が食いてえんだい?」
「……そうだな…」
「親父!!」
 気付いたら、山本は逡巡する獄寺を遮って大声で叫んでいた。
「何でい、武、客の前で大声出すんじゃねえ」
「あ、…いや、その…」
 大声を出してしまった手前、何かを言わなければと思うのだが、中々言葉が出てこない。
 しばらく口を開閉していたが、父親の視線が次第にきつくなってきたので慌てて言葉を吐き出した。
「お、オレ、獄寺…先生に、教えて欲しいことあるから、家に上げてもいいか?」
「ばっきゃろう、テメェ、獄寺先生は仕事帰りなんだぞ、それを煩わせるようなことを言うもんじゃねえ!」
 ぴしり、と言い放ち、彼はあまり上手くない包丁捌きで小口に葱を切り落とした。
 その目の前でカウンターに座っている獄寺は、目を細めて山本を眺めると、ふぅん、と小さく笑った。
「オレでいいなら、構いませんよ」
 にこりと微笑めば、困ったように眉根を寄せられた。重ねて、せっかくの機会だから、と言えば、好意を無駄にはできない性格なのか、快く承諾してくれた。
「おい、武! 獄寺先生に迷惑かけんじゃねーぞ!」
「分かってるって」
 山本が返事もそこそこに、店の奥へと駆け込んでいく。
 獄寺は苦笑すると、残っていたビールと寿司を食べ終えて会計を済ませ、山本に続いて店の奥へと入っていった。
「ホント、優しい先生だぁな」
 あんな先生が担任で本当に良かった、と剛は店じまいのための準備を始めたのだった。

「……で?」
 獄寺が山本の部屋に着くと、ベッドの上に山本が座っていて、こちらを睥睨していた。
「何だよ」
「びっくりさせすぎだろ、あんた」
 少し拗ねた様子の山本に小さく噴出し、獄寺は少しずつ距離を詰めていった。
「悪かったな、お前のびっくりした顔見たかったし、……何よりお前の親父さんの寿司は美味いから食いたくなった」
「当たり前だ、親父の寿司は世界一だからな」
 着ていたスーツのネクタイを緩めながら、それでもまだ不機嫌な山本の隣に座り込めば、息つく間もなくいきなり押し倒された。
「ちょ、…っと待てよ、がっつくな」
「うるさい、獄寺が悪いんだろ」
 少し放課後からやりすぎたか、とも思い始めた獄寺は、謝罪のつもりで山本の手の動きに反抗しなかった。
 たちまち、山本の手によって獄寺の上半身はすっかりはだけられてしまった。
「……やっぱ綺麗な肌してんのな」
「……っ、…」
 鎖骨の辺りを軽く撫でられて、獄寺の頬に赤みが差した。
 そのまま、あちこちにフェザータッチを繰り返されるものだから、獄寺はただ煽られるだけで辛く、本格的な愛撫を求めて腰をくねらせた。
「そうだ、獄寺…教えてくれよ」
 ふいに、顔を近づけて山本が意地悪く囁いた。
「な、にを…」
 乱れ始めた息の合間に問えば、更に山本は笑みを深くした。
「……獄寺流セックスレッスン」
「はっ!?」
思わず、全てを忘れて叫んでしまう。確かに、前から山本の施してくれる愛撫は雑で荒削りだとは思っていたが、特に下手でもないし、あえて指摘する気など毛頭無い。
「何だよ、教えてくれるって言ったろ?」
 そうだ、今思えば何を教えてもらうということは口にしていなかった。あれは単に部屋に呼ぶための口実だと受け取っていたから、可愛い奴だと思っただけだったのだが、こんな形で裏目に出るとは。
「な、…教えてくれよ、獄寺。どんなのが好きなんだ?」
 年相応の無邪気な笑みを向けられて、獄寺は瞳を揺らした。
 確かに、自分好みに仕立て上げられたら、それはそれでいいのかもしれない。しかし、どうやって教えるというのか。
 そうか、と獄寺は閃いた。そのまま静かに上体を起こすと、首を傾げる山本と向き合う形になる。
「と、とりあえず、服脱げよテメェ」
 言うと、山本が恥じらいも無く服を脱ぎ捨てる。野球で鍛えられている健康的な肌が露わになった。その逞しさに瞬間くらりと来て、しかし獄寺はその思いを頭を振って追い払った。
「えと、な……オレが、するから、お前は同じことをオレに…してくれ」
 恥らいつつも提案すると、なるほどな、と山本は頷いた。
 静かに見つめてくる山本の視線が恥ずかしくて獄寺は俯き、しかしこれは授業なのだと自分に言い聞かせて顔を上げた。年下相手に臆してたまるか。
 まずは、と獄寺は山本ににじり寄ると唇に触れた。小さく唇を重ね合わせて、下唇を舌先で舐める。
「……ん、ん…」
 薄く開いた唇を割り裂いて、舌を口腔内へと侵入させる。口の中央に鎮座する舌先に軽く触れ合わせれば、良いとしか言いようのない痺れが身体に広がった。そのまま獄寺の舌は上顎の歯の裏を撫でるように舐め、そして一転し激しく舌を絡ませた。
「……っは、ぁ…」
 口を離し、催促するように吐息を吐き出す。
 微かに口角を上げて、山本も同じように獄寺に挑んできた。
 熱い舌が、唾液が、吐息が、絡まりあって溶けて行く。獄寺の示したポイントを山本が違わずに攻めると、山本の頭を抱きしめる獄寺の手に力がこもった。
「……次は?」
 口の周りについたお互いの唾液を舐め、山本がにやりと笑った。
 乗りかかった船を途中で降りることは出来ない。半ばやけくそな思いで獄寺は目の前の男を押し倒した。
 年が離れているはずなのに、そう変わらない胸板に手を這わす。薄く綺麗に筋肉がついた引き締まった肌が、触れていて心地が良かった。
 静かに、獄寺は微かに色づく先端に触れる。二本の指で摘むように刺激を加えれば、すぐにそこは硬く存在を主張した。くん、と大きくなったそこに、今度は口付ける。そして舌で渦を描くように舐めた。
 頭上で、小さく山本が息を詰めたのを感じて、獄寺は段々自分がこの行為を楽しみに思うようになっていると知った。ちゅ、と音を立てて吸い上げれば、押し殺した声が聞こえる。上目で顔を伺えば、顔を赤らめ眉を寄せて必死に何かを耐えている様子が見えた。もっと追い詰めて、余裕を無くしたこいつの顔が見てみたい。
 舐めるのと吸うのを交互に続けながら、生ぬるい唾液で山本の胸を汚していく。もう一方は指で絶えず刺激を与え続けた。
「ん、…ぁっ」
 時折軽く歯を立ててやれば、面白いほどに若い体が反応する。後手にズボンに隠されている局部に手を伸ばせば、確かに感じているらしく、熱く脈動しているものが頭をもたげようとしていた。
「お前、もうこんなかよ…」
 思わず自分のしようとしていることを忘れて膨らみを握り込めば、ひ、と山本が小さく悲鳴をあげた。
「ご、獄寺っ」
 制止の声が聞こえて、はっと我にかえる。
 慌てて身体を離すと、顔を真っ赤にした山本と目が合った。更に慌てて視線を大きく外すと、今度は直に膨らんだ股間に目がいってしまう。
 ごくり、と喉がなった。
 数日前に感じた山本の屹立をまだリアルに思い出すことが出来る。年不相応に凶暴さを秘めた、まさに山本の分身とも言えるそれ。それが、下着という窮屈な空間に押し込められている。
 ふつり、と最後の理性の糸が切れた気がした。
 手を伸ばしてベルトのバックルを外す。
「ちょっ、獄寺…!」
 今度は、制止の声は聞こえなかった。聞こえたとしても、止める気など無かった。
 迷いの無い動作で、獄寺は山本を解放した。今度は山本も抵抗しなかった。
「……ぁ…」
 獄寺の口から溜息が漏れた。頭をもたげ始めている屹立が、解放の喜びに小さく震えていた。
 慈しむような動きで、獄寺はその先端に軽く口付けた。それだけで、それは嬉しそうにぴくぴくと反応する。獄寺もそれが嬉しくて、深く考えずに手で優しく包み込むと、根元からゆっくりと擦り上げた。
「ぅわ、…ご、く…ッ」
 親指の腹で先端を押しつぶすように愛撫すれば、山本の言葉が不自然に途切れた。
 同時に、自分のものもスーツのズボンを押し上げていることに気付く。まだ愛撫らしいことはされていないのだが、気持ちの昂ぶりは最高温度まで達しようとしているのだ。熱に浮かされたように、視界の端がぼやけているのはいつもと同じなのだが、そのころには何も考えられなくなるくらいに感じているのが常の獄寺としては、クリアな思考のままでこの状況に至っていることが不思議で、同時に楽しくもあった。
 いつもは相手の状況など考えている余裕などないのが、今はこうして目を瞑って快感に耐えている山本の以外に初な面を垣間見れる。それに、堪らない愉悦を感じた。
 獄寺はその感情のまま、完全に天を向いた屹立に再び唇を寄せた。
「ちょっ、と、待った!」
 しかし、口を開けた所で山本に頭を掴まれてしまった。
 何故だ、と目を向ければ、息を乱した山本が小さく首を振った。
「も、もういい…」
「何がもういいんだ…こんなにしといて」
 指先で軽く先端を弾けば、解放を待ち望むそこが小さく揺れた。
「ッ、…だ、だからもういいって…」
「オレがよくない」
 有無を言わさずに口に含もうとすれば、更に強く頭をつかまれる。不満げに見上げれば山本はしばらくその顔を眺め、そして少しだけ笑った。
「分かったよ、獄寺。……その代わり…」
 山本は獄寺に抱かれた足を引き抜くと、困惑する獄寺をそのままに互い違いになるように寝転んだ。
「オレもしてやるよ」
 宣言通り、山本が目の前にある股間に手を伸ばす。丁度、側位の形になった。
「獄寺のすることを、オレもするんだろ?」
 獄寺には見えないが、きっとまた山本は意地悪い笑みを浮かべている。さっきまで余裕の無い顔をしていたというのに。
 獄寺はどちらかというと反抗心が芽生えて、山本の雄を握り締めた。
「ぅ…っ」
 息を詰めた山本が、震える手で獄寺を解放した。獄寺のそれも、既に立派に天を向いていた。
「やっぱ…獄寺の、大きい」
 山本のそれも中学生にしては大きいが、大人の獄寺と比べるとやはり立派さに差があった。
 形を指で確かめながら、山本は溜息を吐いた。
「獄寺さ…オレので、ちゃんと満足してるのか?」
「え…?」
「だから、…本当は、もっと大きいのがいい、とか…」
 こういうのみたいに、と口には出さないが雰囲気が伝わってきて、獄寺は困った。
 この男との交わりは、大きさ云々の問題ではないのだ。しかし、それを言葉にするのは恥ずかしく、獄寺は真っ赤になって山本のものの先端を歯で引っかいた。
「馬鹿なこと言ってねえで、舐めやがれ」
 恥ずかしさを紛らわすように、獄寺の口淫が荒く激しくなっていく。
「ッ、…くそ…」
 負けじと、山本も屹立を口に含んだ。
 ねっとりとした粘膜に包まれる感触に、獄寺は身体を震わせた。高い温度を持った舌が、ゆるゆると根元近くから先端へと這い上がってくる。くびれた部分を擽るように舐め、それは先端へとやってきた。
「あっ、…あぁ」
 鈴口を舌先で押し広げられ、その快感に獄寺は思わず口を離してしまった。それをいいことに、山本が更に先端を攻めてくる。
「ひ、ぃ…あっ、あ…ッ」
 逃げるように腰を振るが、尻までがっちりと抱きこまれていては逃げられない。
 獄寺は愛撫も忘れて嬌声を上げ続けた。
 山本は根元を手で扱きながら、口を窄めて顔を上下させ、更に先端を舌で何度も舐め上げた。頭での理解を超えた激しい快楽に、獄寺が首を激しく振った。手が、意味も無くシーツを掻き毟る。いつもより気持ちが昂ぶっているせいか、余計感じてしまう。
「や、…あ、あっ」
 山本の手が、するりともっと奥まったところに移動してきた。入り口の上で軽く指を動かせば、奥への刺激を欲しがるそこがひくりといやらしく収縮したのが獄寺も分かった。
 起き上がった山本が、獄寺を仰向けにさせると、足を大きく開いて、その間に入り込んだ。指はずっと入り口付近を撫で回っている。
 その指がいつ侵入してくるのか分からない獄寺は、期待と恐怖に動けないでいた。
 ふと、山本の指がそこから離れる。その指が獄寺のものから溢れでる液体を掬い取ったのを見て、獄寺はいよいよかと身を竦ませた。
 期待を裏切らず、その骨ばった中指がゆっくりと体内へと押し込まれていく。
「ぁ、…あ、あ…あっ」
 第二関節まで埋め込まれたそれが、ぬぷりと濡れた音を立てながら入り口を広げるように円を描いて動き出した。
 ちり、とした痛みと、それ以上の快感に獄寺はシーツをきつく握り締めた。
 ぐい、とふいに山本が中指を持ち上げ、狭い入り口を無理矢理押し広げ、その隙間へもう一本指を押し込んできた。
「あッ! …や、あぁっ」
 裂けてしまいそうな痛みに、獄寺はその細い眉をきつく寄せた。瞳に涙が滲む。
 山本はゆっくりと抜き差しを繰り返し、まだ狭いそこを拓こうとした。
「あ、そうだ」
 しかし、呟きと共にその動きを止める。
 急に止まった指の動きに、獄寺は瞑っていた目を開けて、山本をうかがった。そして、またその口がにやりと引き上げられているのを見て背筋に悪寒が走る。
「なあ獄寺、レッスンの続き、してくんね?」
 にこ、と笑いかけられても返答に困るだけだ。
 獄寺が是とも非とも答えられていない間に、山本は獄寺の右手を自らの右手首に握らせた。まさか、と思う。しかし、そのまさかを信じたくなくて、獄寺は弱弱しく首を振りながら山本を見つめたが、山本は依然として笑みを浮かべているだけだ。
「や、…もと…」
 掠れた声で名を呼べば、山本は少しだけ首を傾けた。どうやらやめる気はないようだ。
 獄寺は握らされた山本の手を見た。その手の中指と人差し指が、深々と自分の中に入り込んでいるのが嫌でも分かった。意識すると、その指を締め付けてしまいそうで、獄寺は必死に自分を宥めた。
 つまり、山本は獄寺に自分の指を動かせようとしているのだ。
 ほら、と笑顔で促される。こうなったらこの男は獄寺が何もしないかぎり自分からは手を動かそうとしないだろうと分かっているので、獄寺は悔しい気持ちで覚悟を決めた。
 大体、このレッスンとやらを承諾したのは自分なのだ。
「っは…ん…」
 ゆっくりと、腕を両手で持ち直すと指を引き抜かせてみる。感触は間違いなく山本の指なのに、動かしているのが自分というのが何とも言えず、獄寺は次第にその行為に熱中し始めた。
 山本は指を伸ばしたまま動かそうとしないので、代わりに自分が腰を振って挿入する角度を変えなければならなかった。
 しかし、自分の指ならいざしらず、他人の指をつかってする行為には限界があり、上手く快楽のポイントを押さえられない。
「あっ、やま、…ゆ、指…ん、曲げ…ッ」
「こーか?」
「ひあぁ、ん!」
 二本分の太さでは満足できなくなった獄寺の要求のままに山本が指を曲げれば、より広く広がった内部を強く擦ることになり、高い声を上げた。そのまま激しく抜き差しすれば、全てを持っていかれそうなほど強い快感が下肢を襲った。
「あ、あっ、…いい、ゆび、いい…ッ」
「っ、獄寺…エロすぎ…」
 確かに自分の指が彼を犯しているのにもかかわらず、それでも彼が自分を求めて自慰をしているように見えてしかたがない。
 それが、堪らなく山本を煽っていた。
「や、…やまもと…っ」
 もう、獄寺は山本のことしか考えていなかった。
 早く、早く自分を貫いて欲しい。こんな細くて短い指ではなく、もっと熱いそれで。
 そして、山本も。
 ぬめった音と共に、指が引き抜かれた。閉じようとする括約筋を抉じ開けるように、山本の切っ先が少しだけ埋め込まれた。
 ひ、と獄寺がか細い声を上げた。熱さ、質量、脈動、それが獄寺の全てになる。それでも、熱に溺れる前に言っておかなくてはならないことがあった。
「山本…さっき、の」
「ん?」
 ゆっくりと形を覚え込ませるように押し込みながら、山本が聞き返す。
 獄寺は小さく微笑んで、山本の頭を抱きしめた。
「お前の与えてくれるものの…大きさとか、深さとか、そんなものは関係ないんだ」
 ただ、と汗ばむ頬に口付ける。そのまま口をずらして耳に囁いてやった。
「それがお前だから、…山本武だからこそ、良いんだ」
 そのまま耳朶を食めば、身体の中の山本が小さく震えたのがわかった。
「獄寺…」
 本当に嬉しそうに山本が微笑んだ。今行っている行為も忘れてしまえそうなほど、喜色に満ちた中学生らしい笑顔だった。つられて、獄寺も微笑んだ。
「だから、気にしなくて、いい…十分、満たされてるから」
 熱は、触れている部分だけでなく、そのもっともっと奥にまでちゃんと届いている。だから気にする必要など最初からないのだ。
「……ごくでらっ」
 突然荒々しく足を抱え上げられる。限界まで腰を曲げられて、獄寺は悲鳴をあげた。
「オレはまだ子供だから…色々知識もねえし、足りないとこも一杯あると思う…でも、それでもいつか獄寺と肩を並べて歩ける日が来ると信じてる」
 殆ど叫ぶように言葉を吐き出しながら、山本は腰を進めてきた。突き上げ、揺さぶられ、掻き混ぜられて、獄寺も切れ切れに喘いだ。
「だから、…ちょっとだけ待っててくれ。そしたら、絶対に、追いついて、獄寺と手をつないで一緒に…進んでいくよ。それまでは…」
 言葉を切って、山本は一層激しく攻めてくる。滴る汗が、獄寺の腹を伝った。
「あっあっ、や…も、むり…ぃッ」
 指で捉えきれなかったポイントを重点的に攻められて、獄寺は首を仰け反らせた。良すぎて目の前がスパークする。
「獄寺…、いく、ぜ…っ」
 まるで弓を引くように力を溜め、そして飛来する矢よりも激しく腰を打ち付けられた。
「あっ、あ……あぁあッ…!」
 その衝撃に、視界が真っ白に染まる。同時に、身体の奥で山本が破裂したのも感じた。熱い液体がじわりと広がるのをリアルに感じて、それに呼応するように獄寺のものからも更に白濁した液体が溢れ出て、二人の腹を汚した。
待ち焦がれた強烈なエクスタシーの中で、獄寺は山本が耳元で囁くのをぼんやりと聞いていた。
「それまでは…、少しの間だけ、ガキなオレでもガマンしててくれよな」
 言葉と共に、汗で張り付いた前髪を優しく梳かれた。
 馬鹿だな、と思う。
 買い被りすぎだ。本当は違うのだ、子供である山本に振り回されている自分を認めたくなくて、必死に大人ぶって、大きなふりをしているだけなのだ。
 獄寺が設けるちっぽけな壁なんか、この男はすぐに飛び越えてこちらへと簡単に近づいてくるから、だから背中を向けて懸命に逃げているだけなのだ。
 けれど、それでも山本が自分を追いかけてくれることは嬉しい。そう思うから、わざと逃げながらも追いつきそうな距離を保っているのも事実だ。
「…やっぱり、野球馬鹿は、野球馬鹿だぜ…」
 心地よい倦怠感に、瞳を閉じながら、微笑んで獄寺が呟く。
 本当のことなど言うつもりはさらさらなかった。まだ自分が大人でいていい間は、大人ぶっていたい。
「何だよそれ、オレだって頑張ってんだぜ」
「そうやって頬膨らませてるから、ガキだっつんだよ、バーカ」
 それでも、この男がいつか眩しいくらいに成長したとしたら。
「…愛してる、獄寺」
「いちいち言わなくても、知ってる」
 そのときは、改めて正面から向き合うと約束する。
「オレ、絶対、追いついて見せるから」
「へえ、お前に出来るかな」
「やってみせる!」
 それまではずっと自分の背中を追いかけ続けていればいい。
 手の届かないところから、大人になっていく姿をずっと見ているから。
 だからどうか今だけは。
「…馬鹿が」
 そうして、獄寺は山本を抱きしめたのだった。


おまけ。
 剛は次の日の漬物の仕込みのために、きゅうりとにんじんを切っていた。
 しかし、いつも気を付けて雑に切っているその切り口がさらに汚くなっている。
 それもそのはずだ、静まり返った店内に、ありえない音が息子の部屋から響いてくるのだ。
「武…」
 だん、と包丁が力を失った腕と共にまな板の上へと落ちる。
「父ちゃんに隠れて…」
 涙に掠れた声が店内に小さく響いた。
「まさか、よりによって獄寺先生と…」
 本当に目の前が滲んできて、慌てて剛はその心の汗を拭った。
「……どうしてAVをこそこそ二人で見てるんだ武ぃぃい!」
 父ちゃんの性教育は間違っていたか、そうなのか、と剛はまな板にくず折れた。
 剛がしくしく泣いている間も、息子の部屋からは気持ちいいだのやめてだのやめないでだの恥ずかしいセリフが喘ぎと共に微かに聞こえて来る。
 ………確かに、息子の性教育は間違っているかもしれなかった。

終われ。

後書き


拍手御礼の話があまりにツボすぎて、思わず続きを書いてしまいました。
気になる方は、拍手を二回ぽちぽちすると見れますよ(笑
やはり、大人な獄寺を書くと壊れる危険性があるようです。大人山本も書かなくては……!(笑

Back