For the team

「あ〜、生き返る〜っ」
「……バカか」
 他校との練習試合が終わってほっとしたのか、山本は獄寺が差し出したスポーツドリンクを一気に飲み干して、親父臭い台詞を叫びだす。
 その様子を見て、実に滑稽なものだから、獄寺は深々と溜息をついた。
「だってさ、見てたんだろ? あの8回表」
 ずっと見ていたことを悟られるのは癪だが、確かにあの8回表は酷かった。
 それまで、並盛は三点リードしていたのだが、選手の体力も落ち始める8回に、ついに敵に一発打ち込まれてしまったのだ。
 そして、更にその衝撃でピッチャーの送球も乱れ、怒涛の反撃を許してしまった。
 結果、8回表だけで5点もの大量得点を捧げてしまったのだった。
「いや〜、危なかったな、アレは」
 それでも、こうして山本がにこにこしていられるのは、並盛が9回裏に盛り返して勝利を収めたからだ。
 そのときの山本のバッティングを思い出して、獄寺は小さく笑う。
「まさか、パワーヒッターのお前がバントするなんて思わなかったぜ」
 9回裏、1アウト3塁。そこで回ってきた山本の使命は、スクイズだった。
「いや、オレも監督にスクイズのサイン貰った時はビックリしたけどな〜。まあ、いいんじゃね? きっちり成功したんだしさ」
 成功するどころか、俊足の山本は内野手の悪送球も手伝って一気に3塁まで足を進めていた。
 野球のルールにあまり明るくない獄寺は、山本が振りかぶったバットを横に寝かせたときは何が起こったのかと焦ったが、1塁線ぎりぎりにボールが転がり、3塁の選手がホームに戻って来た時は、なるほどと納得することが出来た。
 だけど。
「なあ、あん時お前がカッ飛ばしてりゃ、もっと点取れたんじゃねえのか?」
 山本は小さいヒットを繰り返して塁を進める巧打者ではない。むしろ、大きな一撃を放ってチームを勝利へ導く強打者であるはずだ。なら、あそこで山本にホームランでも打たせた方が良かったのではないかと、獄寺には思えてしまうのだ。
「ああ、……多分、オレは打てた」
「え、じゃあ」
 ならば、と言葉を続ける獄寺を山本は強い視線で制した。
「でも、あれが監督の意思だったんだ」
 黒い瞳に、その揺らめく光の下に、揺るぎない強い意志が潜んでいることを、獄寺は知っている。
 ああ、そうだ。獄寺はひどく納得した。
 この男の強みは、そんな強い意志ではない。
 その意思の、柔軟性に富んだしなやかなところだ。
「…………山本」
 自分には、そんなに柔らかなものはない。
 いつでも自分の意見は自分の意見であって、自分の意思のみで制御するものだと思っている。
 しかし、この男は自分の意思を、周りの環境の最良の選択に移行させることが簡単に出来てしまう。そう簡単に折れたならプライドすら傷つくのではないかと思えるほどに。
 否、立場が獄寺だったら、確実に傷ついているであろう。
「獄寺?」
「お前、打ちたかったんじゃ、ねえのか」
 そう思ったら、何かが堰を切ったように溢れ出した。
「打って、相手を見返してやりたかったんじゃねえのか? もっと自分らしいバット振りたかったんじゃねえのか? ………お前はそれでいいのかよっ」
「獄寺……」
「だって、お前今日の試合のためにずっと練習してたじゃねえか! 放課後遅くなっても、朝すっげぇ早くても、お前はずっと必至でバット振ってた!」
「獄寺」
「なのに、あの活躍のチャンスでバントだ? お前は悔しくねえのかよッ」
「獄寺っ!」
 山本に強く名前を呼ばれて、はっ、と我にかえる。
 目前には、こちらを見つめる山本の姿。何故か、先程の視線よりも強い何かを感じて、獄寺は言葉を失った。
「あのな、獄寺。野球ってのはさ、チームプレイなんだよ。ピッチャーがいて、バッターがいて、野手がいて……何て言えばいいのかな、個人個人が争ってんじゃなくて、チームっていうでかいモンがぶつかり合ってるっていうか……上手く言えねぇけど」
 山本はふと視線を外し、どこか遠くを見つめるように語りだした。
「監督からはさ、よくフォー・ザ・チームって言われるんだ」
「……“チームの為に”」
「お、さすが獄寺、英語得意なのな」
「このくらい普通だろ」
 軽口を言う山本の目が、余り笑っていないことに気付いて、獄寺も小さく返事を返す。まだ、山本は遠くを見ていた。
 一体、何を見ているのか。自分も見えるものなのか。
「なあ、獄寺。あそこでオレが打ったとしたら、どうなっただろうな。きっと、“オレは”あいつらには勝ってただろうな……チームじゃなくて」
「…は?」
 山本が得点すればチームの得点となるのだ、チームが勝つに決まっている。獄寺には山本の考えがいまいち分からなかった。
「だからさ、戦ってんのは選手同士じゃなくてチームなんだって。ピッチャーとバッターの一騎打ちじゃないんだ。オレ一人が突っ走って勝ったって、そりゃチームの勝利じゃない。オレ一人がヒット打って得点しても、そりゃオレの得点であってチームの得点じゃない。分かるか?」
ふいに、山本が振り返った。
 汗に濡れ、日に焼けた肌。精悍な面差し、風に揺れる黒髪、そして強い意志を秘めた瞳がこちらを見つめる。
「お前も、……ツナのチームの一員だろ」
「……!」
 急に、山本が遠くに行ってしまったように感じた。
 手が届かないような、遠くへ。
「分かんねえっ!」
 分からない。自分を置いて遠くに行ってしまうような男の言葉なんて理解できない。したくない。
「分かんねえよ、お前の考えてることなんてっ!」
「あはは、…そっか」
 そう小さく笑って、山本は凭れていたフェンスから身を起こした。
「でもさ、……いいや、何でもない」
 いいや、分かっているのだ。理解は出来るが、それを獄寺の頭は拒否していた。
 今までの自分の行き方を全て否定することに繋がるからだ。
 自分一人で。一人だけで生きてきた短い期間を、否定したくはない。
 自分の成果は、自分のもの。自分の失敗も、自分のもの。その考え方は、間違っていないはずだ。
「…お前、……強いな」
「ん?」
 殆ど、溜息のように言葉が零れる。その言葉を拾って、山本が驚いたようにこちらを向く。だが、そんな言葉が零れ出たことに一番驚いたのは獄寺だった。慌ててあたふたと言い訳をする。
「なっ、いや、その、……野球の、そう! 野球のことだよ!」
 誰かが自分の上で自分をコントロールする。
 沢田綱吉を慕って、彼の元に下ることを良しとした。ずっとどのファミリーからも疎まれ続けた獄寺としては、まるで天国のような心地だ。
 だが、誰かの下につくことが、こんなに自分に合わないとは思わなかった。
 いつも、自分の意思ばかり空回りして、何の結果も出せていない。それが悔しくて頑張ってみても、結局は誰かに迷惑をかけるだけだったりする。
 それでも、こいつはボケた顔をしても、必ず結果を持ってくる。
 それは、こうして野球をなんていう遊びで“チーム”に慣れているからか。
「……いいんだよ」
 ふいに、山本が獄寺の髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。
「お前は、それでいいんだよ。ただ、…そう、俺達は目線が違うだけなのな」
「目線…?」
「お互いに、同じものを見てても、見方が違うから別のものと感じてしまう、そんな感じじゃないのか? だから、あれは丸だって信じた奴には丸だろうし、四角だって信じた奴には四角なんだよ」
 全てを見透かしているかのように、にこっと笑った山本が眩しい。
 こいつは、自分の何処までを知っているのだろう。
「……うるせえよ、テメェみたいな野球馬鹿なんかに理解されるような単純な頭じゃねーんだよ」
「そうか? そりゃ悪かったな」
 あはは、と実に心地よい音で山本は笑う。
 物の捉え方が違う。
 それは、獄寺の心に少なからず衝撃を与えた。
ならば、こいつと、自分の物の捉え方が違うのだとすれば、自分にとっての山本と、山本にとっての自分は違うということなのだろうか。
 ならば、ツナも。他の人も、ものも。
 自分がかけがえのないものとして大切にしてきているものなのに、相手からしてみれば、自分はただ疎ましいものだとしたら。
「だけどさ、獄寺。少なくとも、お前は皆の大切な人だぜ。それは、忘れんなよ」
 はっ、と顔を上げれば、見たことがないような男が立っていた。その男は、優しく獄寺に微笑みかけて、顔にかかる前髪を優しく退かした。
「たとえそうじゃなくても、お前は、……オレの一番大切な人だ」
「……テメェ、ムカつく」
 獄寺はゆっくりと山本に近づくと、その肩に額を押し付けた。
「普段はロクに勉強も出来ねえ馬鹿なのに。こんなときばっか……」
 こんなときばかり、大人の表情でこちらを見ないで欲しい。
「あ、もしかして惚れ直したとか?」
「バーカ!」
 嬉しそうな顔が、獄寺をにこにこと見つめている。
前言撤回、やはりこいつはお気楽で阿呆で救いようのない馬鹿だ。
 その胸に小さく拳を叩き込み、獄寺は苦悩する。
 本当に、なぜこんな馬鹿な男など。
「あ、そういえばさ、オレが練習してるとこいつも見ててくれたのな、獄寺?」
「? …あっ!」
 その言葉の意味するところに気付き、獄寺は山本の胸を突き飛ばした。
 そういえば、先程激昂した折にそんなことを口走った気がする。
 こいつにだけは、そんな女々しい行為を悟られたくなかったのに。
「そ、それはだな……」
「嬉しいな〜。見ててくれたんなら、声かけてくれれば、もっとやる気出たのにな」
「………」
 自分でも血迷ったとしか思えない。
 こいつは、本当に、ただの馬鹿だ。
「……勝手に一生野球してろっ、この馬鹿ッ!」
 かなり本気で拳を繰り出したが、あっさりと避けられてしまう。それが更に苛々とさせて、獄寺は蹴りまで混ぜて山本に襲い掛かった。
「あははっ」
「テメッ、大人しく倒されろよ!」
「え〜、だって当たったら痛いだろ」
「なっ…、今すぐ死ねッ!」
「おー、獄寺、また花火か?」
「……………マジで果てさすッ!!」
それでも、山本の自分を大切だと言ってくれることがとても嬉しくて、獄寺は山本に見られないように顔を背けて、不器用に小さく笑ったのだった。




おまけ
 二人の痴話喧嘩を遠目に見ながら、獄寺と一緒に試合を観戦していた綱吉は何ともいえない気分になっていた。
「二人とも、……てゆーか、山本…、まだ野球部の皆片付けしてるよ……」
 今回の試合は、並盛中で行われたホームゲーム。よって、試合のセッティングや整備は並盛側が請け負っているのだ。当然、野球部の山本はそれに参加しなくてはいけないわけで。
 山本は、最近獄寺のことになると周りが見えなくなる時がある。仲の良くなかった二人がこうして仲良くなってくれることは、綱吉にとっては良いこと、なのだが。
「見えてるものまで見えなくなってるよ、最近の二人は!!」
 しかし、盛大にダイナマイトが爆発したお陰でその叫びは二人に届くことはなかった。

後書き(とは名ばかりの言い訳


勢いのままで2作品目を書き上げたのはいいんですけど、書けば書くほどキャラが壊れていくのを止めることが出来ません!(おい
そして、オマケでないと出させてもらえないツナ……

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