こっちを向いて


 12月。
 クリスマス前の街角は、赤と緑のクリスマスカラーで染め上がり、どこをみてもクリスマス特別セールだの、サンタの格好をした呼子だの、様々なデコレーションをした街路樹だの、普段の閑散とした様子からは考えられない活気で溢れかえっている。
「……賑やかだね」
 白い息を吐き出しながら、制服姿のツナが呟く。その小さな声を聞いて、うんうんと頷いて、同じく制服姿の獄寺はツナの前に回りこんだ。
「そりゃ、クリスマスっスからね!」
 ツナの心情としては、またリボーンに何かイベントに強制参加させられるのではないかとげんなりしていたのだが、獄寺はそんなことには気付かない。相変わらずにこにことしてツナの反応を待っている。
「商店街も、この時期が売り時なのな〜」
 ツナが口を開く前に、横から顔を出した山本に、獄寺は大声で噛み付いた。
「テメェは黙ってろ! つーか、何でテメェまで居るんだよ! オレは十代目だけをお誘いしたんだぞ!?」
「あっはは、いいじゃねーか、帰る方向同じなんだしさ。な?」
「何が“な?”だ野球馬鹿! テメェはガッコで野球でもしてろってんだ!」
「ああ、この間の雪が解けて、グラウンドがぐちゃぐちゃになっちゃってさ、練習できないんだわ。困るよな〜」
「だったら、球投げでも練習してろっ」
「ええ? 一人でか?」
 止まらない言い合い、否、獄寺の一方的な悪口に些か辟易し、ツナは再び溜息をついた。
「もうその辺で止めてよ二人とも!」
 その一言でぴたりと二人は口を閉じた。
「じゅ、十代目……すみません」
「あはは、ゴメンなツナ。仲間はずれにしてさ」
 その言葉に、きっ、と獄寺は山本をにらみつけた。
「誰が、テメェの仲間だッ」
「ご、獄寺君…」
 ツナが宥めるように声をかけるが、獄寺はふいっと前を向いて、そのまま二人の前を歩き出してしまった。後姿を見るだけでも、随分と機嫌が悪そうだ。
「……ふぅーん」
「や、山本…?」
 何故か一瞬後ろを振り返った山本も心なしか目が据わっているように見える。ツナは冷や汗をかいた。
 何故、陽気なクリスマスの雰囲気の中で険悪なムードにならなければならないのだ。
 焦ったツナは、とりあえず会話をしようと口を開く。
「あっ、あのさ! 明日のクリスマスなんだけど……うわっ」
 突然立ち止まった獄寺の背中に鼻をぶつけて、ツナはびっくりした。
「何で急に止まるんだよっ、びっくりするだろっ」
「……十代目」
 鼻を擦りながら睨みつけると、いつになく静かな声で獄寺がツナの肩を掴んだ。
「ちょっと用事が出来ましたんで、先に帰って下さい」
「獄寺君?」
 様子の違う獄寺にツナが首をかしげると、獄寺はすいっと顔を山本に向けた。そして脅すように顎を引いて山本を睨みつけた。その視線を受けて、山本は、しかし小さく微笑んだ。
「任しとけって」
 当たり前だ、と獄寺は吐き捨てると、元来た道へと歩いてゆく。
「え、ちょっ、獄寺君!?」
振り返った獄寺は、にこり、と笑った。しかし、ツナにはその目がちっとも笑っていないことが分かった。少し恐ろしくて、背筋に震えが走った。
「すいません、十代目。ちょっと、ヤニ切れたんで」
よく分からないまま、ツナはぎこちなく頷いた。
「え、えと…気を付けて、ね?」
 一瞬きょとんとした顔をして、獄寺は今度は実に嬉しそうな笑顔を見せた。
「はい、すぐに戻ります!」
 そうして、獄寺は走り去った。


+++


「山本、……獄寺君、大丈夫かな」
 すぐ、とは言っていたが、あれから随分時間が経っている。
 不安そうな顔を見せるツナを横目に見て、安心させるように微笑む。
「大丈夫って…、獄寺、煙草買いに行ったんじゃないのか?」
 違う。本当は分かってるが、任された以上これ以上ツナを不安にさせることは出来ない。
「えっ、……そうなのかなぁ」
 あんなに怖い顔してたのに、と呟くのを聞いて、山本はやはりダメかとこっそり溜息をついた。
 獄寺はすぐ顔に出しすぎるのだ。ツナに嘘をつききれないのは、ツナがボスであるとかそれ以前に、その辺りに理由が在ると思う。
「アイツはツナの為ならきっと地獄からでも甦ってくるさ」
「えっ!?」
 あは、と笑って山本は冗談だよと付け足す。
 だが、冗談などでは決してなかった。何を置いても、彼にとってはツナが至上、最優先事項だ。もし、敵の攻撃に倒れても、きっと這ってでもツナを守ろうとする。
「アイツは、ツナのことがダイスキだからな」
 そうだ。いつでも彼はツナのことしか見ていない。
「そ、そんなぁ、獄寺君がそんなこと言ったの!?」
 そんなの、見てれば分かる。どんなときだって、獄寺の視界にはボスの姿しかない。そう、ツナだけしか……
「……山本?」
 何時の間にか、立ち止まっていたらしく、ツナが心配そうに山本を見上げる。
「どうしたんだよ、山本。今日、何かおかしいよ?」
 違う、と口が動いてくれない。
 上手く笑えない。唇が、震える。
「はは…どうしたんだろ、オレにもさっぱりだわ。んー、実は疲れてんのなぁ、オレ?」
「山本……」
 ずっと耳を澄ませていたが、背後の方から爆音は聞こえてこなかった。ツナのために自粛しているのか、それとも、使えないのか。
 使えない……?
 ぞくり、と悪寒が走った。相手がその辺の不良なら近接戦闘でも獄寺の方が強いが、相手が相当な使い手だったら、近接戦闘を主としない獄寺では圧倒的に不利だ。
「なあ、ツナ、……すまん、やっぱ一人で帰ってくれるか? オレも用事思い出しちまった」
 零れ出た言葉は、自分でも意外だった。
 この状況でツナを一人にするなんて本当は出来ないのに。
「……分かった」
 でも、ツナはなんでもないよ、と笑ってみせた。
 じゃあ、と駆け出す山本の背中に、ツナが叫ぶ。
「明日、家でクリスマスパーティやるから、絶対来てよっ!」
 その言葉に、心が少し暖かくなる。
 危険な状況かもしれないのに一人残していく残酷な行為を思うと、そのギャップに居たたまれなくなるが、それを吹っ切るように山本は振り向くと大きく手を振った。
「ああ! 必ず“二人で”行くぜ!」
 だから、ごめんな、ツナ。行かせてくれ。
 後は、後ろを振り向かずに走った。
 程なくして、先程の商店街へとたどり着く。山本は肩で息をしながら、周りを見回した。
一体、何処にいる。
いっそのこと、全ての裏路地を回ろうかと考えていたとき、小さな爆発音が聞こえた。
「あっちか!」
 山本は迷わず音のした西へと駆け出した。
 狭い路地を駆け抜け、三つ目の角を曲がる。すると、人だかりと、夕日に輝く銀糸をやっと見つけた。
「獄寺っ!」
「山本っ!?」
 駆け込み様に獄寺の背後にいた男を殴り飛ばす。
「な、何でテメェが来るんだ! 十代目はどうしたんだよ!」
「そりゃ後だ! 来るぞ!」
「チッ、足手まといにはなんなよッ!!」
 どこから集まったのか、ざっと見て十人以上はいる少年や青年は見たことのない奴ばかりだった。
 これも、ツナ関連の刺客なのだろうか。
 それにしては手ごたえの無い感触を味わいながら、右足を繰り出す。ぐぇ、と奇妙な声を上げて背後の壁へと激突する。衝撃で、積んであった木箱が崩れ落ちてきた。
「うぉっ!? おい、危ねぇだろーが!」
 その木箱の一つが獄寺の頭上に落ちたらしく、焦った声が飛んできた。
「お、すまん」
 上手く避けたから良いじゃないか、と言えば、ふざけるな、と睨まれる。
 右手で敵の攻撃を受け流しながら、それでもそこに獄寺がいるという小さな喜びに頬が緩む。
 よく見れば、顔にも身体にも小さな傷が一杯あったが、それでも、無事だったことが嬉しくて仕方ない。
「おい、埒が空かねぇから、一気に行くぞ!」
「おう!」
 胸を叩く仕草に、直ぐに理解した。
 交戦中の相手を、獄寺の前に蹴り飛ばす。他の奴も同様に同じところへと集めた。ある者は殴り飛ばし、またある者は攻撃を避けるふりをして。獄寺も同じように一所に集めていた。
「獄寺!」
 最後の一人を殴ると、山本はその場を一気に離れた。にやりと獄寺が笑う。
「果てろ!」
 そして、ダイナマイトが火を噴いた。


+++


「い、つっ……」
 倒れた奴等を放って人気の無い場所へ二人は来ていた。
「大丈夫か、獄寺?」
 左手を押さえる獄寺を心配して手を伸ばすと、すぐに払いのけられた。
「…いらねぇよ。こんなん、すぐ直る」
「そうは言ってもな、……」
「放っとけって言ってんだよ!」
 顔を伏せたまま拒絶され、仕方なく手を引っ込める。
 そのまま何の話をしていいものか逡巡していると、獄寺が口を開いた。
「…何で、来たんだ」
「え?」
「十代目を置いて、何で来たんだって聞いてんだよ!」
「そりゃ、……」
 何をどう考えても、結論は獄寺が心配だったからだ。
 でも、……
「ツナが、さ。……獄寺は大丈夫か、って言うからさ」
 そんなことを言ってもきっとこの男は喜ばない。
 ツナが心配したからと、そう伝えたほうが喜ぶのだ。
 そう思って言ったのに、山本は突然立ち上がった獄寺に胸倉をつかまれた。
「十代目は、オレじゃ心配だからってお前を遣したのかっ」
 はっ、とする。そうだ、今の言い方ではツナが獄寺を軽んじているようにも取れてしまう。
「違う! そうじゃない、ツナは…」
「うるさいっ! テメェの言葉なんかもう聞かねぇッ!」
 慌てて言い繕っても、山本を締め上げる拳の震えは止まらなかった。
 本当のことを言って、いまさら信じてもらえるだろうか。
「獄寺、オレは…」
「テメェも、十代目が言ったから来たんだろッ……、十代目が、言った、から…っ」
静かに、山本の服を握り締めていた手が離れて行く。
「十代目は、いつもお前を頼る」
 どさ、と獄寺は元いた場所に座り込んだ。そして、俯く。
「オレも、隣にいるのに。オレも、見て欲しいのに」
「そんなことないさ。ツナはお前も頼りにしてる」
「だから、テメェの言葉は聞かねえって言っただろ」
 違うんだ、獄寺。
 言いたいのはそんなことじゃない。
 そんなことじゃないのに。
 どうしてこの口は真っ直ぐに言葉を伝えないんだ。
「それに、……っ」
 震えた声。震える肩。
 言葉が見つからない。ただ、ちゃんとお前を見ていると、そう伝えたいだけなのに。
「お前も、ずっと十代目ばかり見てる…っ!」
「……え?」
 予期せぬ言葉を聞いて、山本は息を吸うのを忘れた。
 その山本の腕を、痛いほどに獄寺は掴んだ。その痛みで、我にかえる。
 今、彼は何と言った。
「十代目がそうお考えになるなら仕方ないと思った。……だけど、せめてお前はオレを見てくれると思ったのに……!」
 そうか。
 唐突に山本は理解した。最近、獄寺と共に行動する機会が多かったが、その中で山本は獄寺のためにと思ってツナの話題ばかりを振った。どうせ、獄寺は自分を見てくれないのだからと、そう思って。だけど、そうではなかったのだ。
 全ての釈然としないものが綺麗に繋がった気がして、山本は自分を掴む手に自分のそれを優しく重ねた。
「見てるよ。……今だって」
 そして、その腕を引っ張る。
「え、あ、うわっ」
 バランスが崩れて倒れ落ちてきた、獄寺の少しだけ小さい身体を胸に抱きしめる。
「ここに、お前がいるってこと、ちゃんと見てる」
 思っていたよりも、ずっとしっかりした身体を初めてその腕で抱きしめて、山本はその肩に顔を埋めた。
「……なんか、俺たちって結構似たもの同士だったのな」
「は? ……な、に言って」
 見た目のわりに柔らかい獄寺の髪を頬に感じながら、山本は微笑む。
「だって、オレもそう思ってたから」
 ずっと、獄寺がこちらを見てくれなくて、やきもきしていた。
 二人の間には、二人の大切な大切な親友がいて、その存在がとても大きかった。
 でも、その実二人の距離は案外近かったのだ。
「獄寺は、口を開くとすぐツナの名前が出るだろ。だから、オレのことはどうでもいいのかって思ってた」
 抱きしめる腕を解かないのが、とても嬉しい。
 さりげなく服を握り締めてくる仕草が、とても嬉しい。
 なあ、分かるか、この嬉しさが。
「でも、オレのことちゃんと見ててくれたのな」
「嫌、だ……もう黙れ、お前の言葉なんか…」
 逃げようとする身体を、抱きしめて離さない。嫌だといっても離さない。
 そう伝えれば、獄寺は冗談じゃない、と頭を振った。
「嫌だ、お前の傍にいたら、何か、……何か、恐い」
「恐い?」
 強く抱きしめすぎたかと、少し腕の力を緩めたが、今度は逃げようとしなかった。
 怪訝に思って顔を覗き込めば、見たことの無いくらい真っ赤に染まった顔がそこにはあった。それが、また可愛くて、山本は我知らず笑みを深めた。
「上手く言えないけど…、オレが奪われちまいそうで……」
 子供のような言葉に、山本は笑った。笑われたのが癪に障ったようで、獄寺が睨みつけてきたが、山本は緩む頬を押さえられなかった。
「分かったよ、じゃあ、お前を奪う代わりに、オレをお前にやる」
「え?」
 獄寺の手を、自分の胸に誘導する。
 鼓動を打つ、心臓の上へと。熱い思いを、届けるように。
「オレを、お前にやる」
 もう一度言うと、山本は獄寺へと真っ直ぐに視線を合わせた。
「山、本……?」
「お前の隣に、オレがいる。辛いときも、苦しいときも、嬉しいときも、悲しいときも、獄寺だけのオレが、隣にいてお前を見てる、認めてる」
 忘れないで、と伝えれば、おずおずと獄寺の手が山本の頬に触れた。
「オレだけの、山本……?」
 初めて見たものを確かめるように、貰ったプレゼントを惜しむように、その指が山本の顔を何度もなぞる。
 日に焼けた膚を、白い指が通って行く。こめかみから、頬を一周して顎へ。
「うん……、何か、いいな、それ」
 そして、嬉しそうに笑うのが愛しくて、山本もつられて笑顔になった。
「お前は、…お前だけは、オレを見ててくれ、山本。そうすれば、オレはもっと強くなれる気がする」
「ツナのために?」
「ああ。ったりめーだろ。……でも」
 初めて、獄寺が山本を抱きしめ返した。
 それだけでも、嬉しいのに、獄寺は更にこちらを驚かせた。
「そうやって、強くなれたら……今度は、お前に守ってもらうんじゃなくて、オレがお前を守れるようになるから」
「……獄寺……っ!」
 思春期の健全な男子を、ここまで煽るとは。
 何だかイケナイ想像にぞくりとした戦慄が走る。
「な、何だよ、山も……っ」
 気付けば、唇を奪っていた。
 間近で、一杯に見開かれた獄寺の緑色の瞳が見える。その瞳に映る自分を見て、更に征服欲が高まった。
「ゴメン、獄寺……、オレやっぱお前のこと、すげぇ好きなんだ」
 ずっと、獄寺を見ていた。
 誰よりも真っ直ぐなその気性、他人を拒絶しているように見えてそれは不器用なだけなこと、そして、素直になれば凄く可愛いところも。
「な、な…っ」
「あれ? もしかしてファーストキスだった?」
 口をぱくぱくさせる獄寺を、意外だという目で見つめる。
 イタリアでもこんななりだったんだろうから、女の経験くらいあってもよさそうだが。
「な、ッ…! うるさいなっ、女は苦手なんだよ!」
「へ? 何でだ? お前、すっごくモテるじゃん」
 特に恋愛関係のイベントでは無い日も、獄寺の周りには女の子が群がっていることが多い。確かにそのほとんどは獄寺が睨みつけて威嚇しているようにも思えたが、……それが逆効果だと彼は気付いているのだろうか。
 そう思っている山本自身も大変にモテているのだが、生憎と自覚は一切無かった。
「姉貴は女だろ、だ、だから……」
「なるほどー、お姉さんが苦手だから他の女も苦手になっちゃったのな」
「う、っ…わ、悪かったな!」
 真っ赤な顔をして怒鳴っても、それは可愛さを倍増させるだけで、山本を怯ませるなんてことは出来るはずも無く。
 可愛い、と山本は獄寺の頭をぐしゃぐしゃに掻き回した。
「やっぱ、可愛いのな、獄寺」
「ンな、可愛い、可愛い連呼すんじゃねぇよ!」
「えー、だってマジで可愛いんだもん」
「うっせえよ! テメェは、…そう、テメェはどうなんだよ!」
 何が、と首をかしげると、言い難そうに獄寺はぼそぼそと呟いた。
「ファ、ファースト、……キス」
 ああ、なるほど。
 獄寺の言いたいことを理解して、山本は微笑んだ。
「獄寺ってば妬いてくれんのな〜。オレ、今もの凄く感動したっ」
「うわ、ちょっ、やま、…んッ!」
 抵抗を捻じ伏せて、無理矢理に口腔を犯す。
 欲望のままに舌を吸い上げれば、獄寺の体温と同じそれは意思を持った生き物のように跳ね回った。それを追いかけて、捕まえて、絡めとる。つっ、と誰のものかわからない唾液が獄寺の顎を伝った。
「……ぷはっ」
 やっと開放された獄寺は、目に涙を浮かべて頬を上気させている。
 もともと白人の血が混ざっていて白いのに、こうして朱が混じると殊更その白さが際立つ。それが何とも言えず扇情的で、山本は暴走しそうな感情を押さえるので必至だった。
「大丈夫だよ、獄寺」
 キスに腫れた唇を指でなぞる。
「オレも、ファーストキスだから」
「……ファーストキスなのに、慣れすぎだろ、テメェ!」
「あっはは、そこは秘密な〜」
 まさか、一人のときによく想像していたなどとは口が裂けてもいえなかった。
「あっ、それより、獄寺」
「あぁ?」
 二度も苛めた所為か、獄寺の空気に棘が含まれている。
 でも、それも照れ隠しだと都合のいいように解釈して、山本は微笑んだ。
「明日のクリスマスパーティだけどさ、プレゼント何にする?」
「……クリスマスパーティ?」
 本気で呆けた顔をする獄寺が面白くて、山本は少しだけ吹いた。
「え、いや、明日、ツナん家でやるパーティのことだけど」
 その一言を言った瞬間、獄寺を包む空気が一変した。
 一瞬で山本の腕の中から脱出すると、再び山本の胸元を掴み上げる。表情は鬼気迫るものがあった。
 今までの蜂蜜が垂れそうな空気は、一体何処へ行ったのか。
「はぁ!? テメッ、何でそーゆー大事なことをさっさと言わねぇんだよ!」
「あれ、言わなかったっけ?」
 おかしいな、ととぼけても獄寺には通用しない。
「ふっ、ざけるなぁッ!! 知ってたら、さっさと吹っ飛ばして果てさせたのに!」
「あー……ははは…、落ち着けって獄寺」
「落ち着いてられっかッ! あぁっ! もう日が沈むじゃねえか! どーすんだよ、十代目へのプレゼントッ!」
「まあまあ、明日もあるじゃん、な?」
「こーいうモンは前々から準備するもんだッ! ……ちきしょー、おい、山本、テメェ、連帯責任で一緒にプレゼント調達するぞ!」
 空からは、いつしか雪が降ってきていた。
 しかし、口論に夢中の二人は気付かない。
 静かに、そしてゆっくりと降り積もる、変革という名の雪が、確実に二人を覆っていくのを。  <了>


オマケ

 
「な〜、良い雰囲気だったんだよ」
「………そう」
 だからって、なぜツナに話さなければならないのか。
 にこにこと上機嫌で語られては冷たくあしらうことも出来ず、ツナはとりあえず頷いておいた。
 しかし、もう一度考えてみると、すさまじい話だ。
 獄寺が急に居なくなったのは、後ろに自分たちを尾行している存在の気配に気付いたからで、その後に山本が居なくなったのはその獄寺が心配だったから。更には、二人して戦って勝利した挙句、愛を交し合っただなんて。
「違うぞ、ツナ。キスしただけな」
 それで、十分だと思うのですが。いや、それ以上のことがしたいんですか。
「そ、そっか…。え、何、じゃあ獄寺君と山本付き合うの!?」
 いまさらだが、それは天変地異が起きたような出来事だ。大体が、二人とも、否、獄寺は山本のことを毛嫌いしてはいなかっただろうか。
「おう」
 さらっと応えられても。
 何だか、この場に購買にパンを買いに行った獄寺が居ないことが心の底から良かったと思う。
「そ、そっか…、え、と、頑張ってね」
「ありがとな、ツナ」
 だめだ。やはり、山本の行き過ぎるポジティブさには付いていけない。
「十代目〜〜〜!」
「うわ、獄寺君!?」
 突然ガラリと教室の扉が開いて、獄寺が飛び込んできた。手には、ソースコロッケパン。
 その姿を見つめて、山本が軽く手を上げる。
「よお、獄寺。お目当てのパンは買えたか?」
「おう」
 獄寺が当たり前のようにツナの向かいへと腰をおろす。
 衝撃の事実を聞かされたツナとしては、どうしても、二人の挙動を観察してしまうのは仕方の無いことで。
 と、言うか、今獄寺が普通に山本に返事をした気がするんですが、気のせいですか。
「お、美味そうだな、一口くれよ」
「ん」
 獄寺が、かじりかけのパンを山本の口の傍へと持っていく。山本は、そのパンを取ることなく、そのまま獄寺の手の中にあるパンをかじった。
「……ん〜、ソースちょっとしょっぱくねえか?」
「そーか? こんなモンだろ」
 か、間接キス〜〜〜!?
 待て、待つんだ沢田綱吉。男同士の間でこれは、いたって普通のことじゃないか。
「お前はさ、もうちっと健康に気を使えよな」
「うっせえな、自炊は苦手なんだよっ」
 あ、いつもの口論に……
「じゃあ、今日家に寄ってけよ、夕飯くらい食わせてやるぜ」
「……………しょーがねーな」
 はいぃ!?
 ツナは、目の前が真っ白になっていくのが分かった。
 顔を赤らめて恥ずかしそうに頷く獄寺なんて、見たくなかった。
「……ねえ、二人とも、今日のクリスマスパーティやっぱり来なくていいよ。ていうか、忘れてるでしょ。いーよ、二人で楽しいクリスマスを過ごせばいいじゃん! 大体、何なんだよ二人ともオレよりモテるクセして男に走っちゃってさ! あー、いいよいいよ、オレはそーゆーのに偏見無いからもー好きなよーにやっちゃってくださいよ。………けっ」
 弁当の残りを掻き込むツナ、にこにこと頷く山本、そして今にも泣きそうな獄寺が、クラスの真ん中でぽつんと浮いていた。

後書き


ついにやっちまいました。
強気山本×ツンデレ獄寺でした。いかがでしたでしょうか?;;
これは、もうクリスマス期間過ぎてもフリーにしますので……
あ、でも、リンク貼ってもらえたり、書き込みがあると、嬉しかったり……^^(強制に非ず

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